「見たことのない絵肌」を求めて――そらみずほインタビュー

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「見たことのない絵肌」を求めて――そらみずほインタビュー

漫画やアニメに親しんだ幼少期から、美学美術史の学び、そして切り絵との再会へ――。そらみずほは、アクリル絵画に切り絵や和紙コラージュを重ねる独自の技法によって、「見たことのない絵肌」を追求してきた作家である。本インタビューでは、創作の原点から北斎との対話、素材探究、制作環境、そして未来への展望に至るまで、その思考と実践を丁寧にひもとく。 人物画への憧れと複合技法の誕生 ――幼少期から現在に至るまで、創作の原点となっている体験について教えてください。 そら 幼少期から漫画やアニメーションに親しんで育ち、自身でも趣味でイラストや漫画を描くことが好きでした。学校の美術の時間も大好きで、ごく自然な流れで油彩やアクリル、水彩などの画材に触れていきました。当時から一貫して、描く対象としても観る対象としても「人物画」に強く惹かれていました。 ――大学での学びは現在の表現にどのような影響を与えましたか。 そら 大学では美学美術史を専攻しました。そこで浮世絵やアール・ヌーヴォー、シュルレアリスムといった多様な表現を学んだことが、現在の「自分はどのような絵を描きたいか」という感性を形作る大きな土台となっています。 ――現在の技法に至るまでの変遷について教えてください。 そら 在学中、近現代の日本人作家の作品に初めて触れ、とりわけ宮田雅之氏や福井利佐氏の切り絵作品に深い感銘を受けました。それをきっかけに、小学6年生の授業で体験した切り絵の記憶が蘇り、油彩やイラストと並行して制作を始めました。当初は技法ごとに分けていましたが、次第にアクリル絵画に切り絵や和紙コラージュを重ねる現在のスタイルへと発展しました。「今まで見たことがない」と感じていただける独自の絵肌で、視覚的な驚きを生み出したいと考えています。 北斎の波と鳳凰に重ねる現代的解釈 ――今回の作品における北斎との関係について教えてください。 そら 今回は北斎の代表作『神奈川沖浪裏』と、私の代表作『残り香』を融合させました。北斎の波が持つ計算された曲線美やダイナミックな構図は非常に魅力的で、『残り香』の帽子の曲線と響き合うと感じました。そこで帽子のデザインに波を想起させる意匠を取り入れ、色彩も北斎を象徴する深い藍色を基調としています。 北斎 神奈川沖浪裏 ――岩松院の《八方睨み鳳凰図》から影響を受けたそうですね。 そら 長野県小布施の岩松院にある大天井絵は、約21畳に及ぶ圧倒的なスケールと迫力を持っています。89歳でこれほどの作品を手がけた北斎の姿に、年齢を重ねてもなお高みを目指したいという希望を感じました。そのオマージュとして、女性の衣服の意匠に鳳凰の要素を取り入れています。 ――実際に現地を訪れて得たものは何でしょうか。 そら 小布施町を訪れ、『北斎の波』と『八方睨み鳳凰図』の実物に触れました。浮世絵の構図の美しさに加え、肉筆画の力強さや色褪せない生命力に強く心を動かされました。若手という枠から離れつつある今、北斎の晩年の姿に触れたことで、年齢を重ねるほど表現は深まるのだという確信と、これからの制作への希望を得ることができました。 葛飾北斎の最晩年の傑作「八方睨み鳳凰図」の天井絵 独学と保存意識が支えるマチエールの探究 ――独自の技法はどのように確立されてきたのでしょうか。 そら 私は大学などで実技としての美術教育を受けていないため、既成の型に縛られず「誰も見たことがない絵肌」を求める探求心から現在の手法に至りました。一方で、作品を長く残すための保存の観点では、支持体の作り方や素材の扱いについて、作家仲間や技術書、動画などを通して後天的に学びながら制作しています。 ――今後挑戦したい素材や技法について教えてください。 そら 現在の手法もまだ完成形だとは考えていません。今後も新しい素材に積極的に触れていきたいと思っており、特にこれまで難易度の高さから避けてきた岩絵具に挑戦したいと考えています。北斎の肉筆画を実際に見たことで、その思いはより強くなりました。 ――最終的に目指している表現とはどのようなものでしょうか。そら さまざまな画材を経験し、それぞれの特性を理解したうえで、「これが自分にとって最も自然である」と心から納得できる手法を確立していきたいです。 長野での制作と「描かない時間」のルール ――現在の制作環境について教えてください。 そら 2019年に神奈川県から故郷の長野県へ拠点を移し、現在は愛猫とともに制作しています。生活コストが抑えられることで、時間的にも精神的にも余裕を持てる点が大きな利点です。また自然に囲まれた環境により、以前は描かなかった風景画にも取り組むようになりました。 ――制作におけるルールや習慣はありますか。 そら 日々のルーティンは特にありませんが、ふたつのルールを設けています。ひとつは「夜に顔を描かないこと」です。疲れによって判断力が鈍るため、最も繊細な顔の表現は避けています。もうひとつは「作品を寝かせること」で、一定期間離れることで客観的な視点を取り戻し、修正点を明確にしています。 ――地方で制作することの課題についてはどう感じていますか。そら 情報や刺激が少ない点はデメリットです。そのため今年は意識的に各地へ足を運び、生の作品や新たな刺激を積極的に取り入れていきたいと考えています。本企画がその一歩を後押ししてくれたことに感謝しています。 無常観から広がる次なる主題と作品の行方 ――今後の制作テーマについて教えてください。 そら これまで主題としてきた美人画に加え、新たな表現にも挑戦したいと考えています。2028年の個展に向けて、西洋の「ヴァニタス」と日本の「誰が袖図」を組み合わせた静物画と、それに関連する人物画を構想しています。 ――ご自身の美意識の核にあるものは何でしょうか。 そら 10代の頃から「すべてのものは移ろいゆく」という無常観に強く惹かれてきました。かつては憧れに過ぎなかったテーマも、今の自分であればより現実味と説得力をもって表現できると感じています。 ――最後に、鑑賞者へメッセージをお願いします。 そら 作品をご覧いただくこと、そして手に取っていただくことは奇跡的なご縁だと感じています。絵画はアトリエで完成するものではなく、手にしてくださった方の日常の中で新たな物語を紡いでいくものだと思っています。そうした存在として作品が寄り添っていくことを、心から願っています。   「オマージュ北斎2」のそらみずほ作品はこちら  ↓画像をクリック↓ そらみずほ 残り香 - HOKUSAI - アクリル、パステル、ピグメント、箔、和紙、アートクロス   執筆:月刊美術プラス編集部

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ART COLUMN

アートコラム

日常のやさしさをすくい上げる——mameインタビュー
featuredmameインタビューオマージュ北斎2

日常のやさしさをすくい上げる——mameインタビュー

日常のやさしさをすくい上げる——mameが描く、余白とにじみの世界 漫画家・イラストレーターとして、生活の中の何気ない一瞬を切り取った一枚絵を描くmame。2023年に作品集『愛してるっていってよね』、24年にはイラストコミック集『東京ひとり暮らし女子のお部屋図鑑』(ともに翔泳社)を刊行し、日常に潜む感情や風景を軽やかにすくい上げてきた。本インタビューでは、その創作の原点から、北斎へのオマージュに込めた視点、水彩による表現の魅力、そしてこれから描いていきたい「やさしさ」のかたちについて話を聞いた。 水彩への憧れが育んだ原風景 ――表現者としての歩みを振り返り、幼少期の環境や原風景、初めて熱中した制作体験について教えてください。 mame 少女漫画の水彩で繊細に描かれたカラーイラストを眺めるのが幼い頃から大好きでした。 ――現在の技法や素材を選択された理由と、その魅力について教えてください。 mame 今回の作品も水彩絵の具を使ったアナログ作品で、幼少期の憧れが自然と滲み出ているのかもしれません。にじみや混色、紙とのなじみから生まれる偶然性など、見ていても描いていても楽しいです。 北斎の余白と表情に重ねる現代性 ――今回の「オマージュ北斎2」ではどの作品をモチーフにし、どのような点に共鳴されましたか。 mame 今回は北斎の《酔余美人図》をモチーフにオマージュ作品を制作しました。酔いが回って物思いにふけっているような表情に惹かれたことに加えて、背景をそぎ落とした余白の取り方など、北斎の構図の美しさに共鳴しました。 ――その要素をどのように現代的に解釈し、画面に取り入れましたか。mame 現代の女性にも重なると感じ、ビールケースや缶チューハイを持たせることで江戸と現代の境目をあえて曖昧にし、同じ画面の中でつながるようにしています。 葛飾北斎「酔余美人図」(氏家浮世絵コレクション)  線とにじみで描くシンプルな表現 ――作品の質感やマチエールを生み出すうえで、どのような考えや試みを重ねてこられましたか。 mame 今回は北斎の肉筆浮世絵と同じく「手描きの線と筆致」という条件で描きたかったので、えんぴつ(主線)と水彩というシンプルな画材にしぼって制作しました。 ――その素材や技法の選択によって、どのような表現効果を目指しましたか。 mame シンプルな画材にすることで、線やにじみそのものの魅力が際立つように意識しています。  自然光の中で集中する制作リズム ――日々の制作リズムやルーティンについて教えてください。 mame 制作は昼前に起きて、昼過ぎから手を動かすことが多いです。 ――現在の制作環境や時間帯は、作品にどのような影響を与えていますか。 mame 絵の具の色味やにじみは昼間の自然光の下が一番見やすいので、なるべくその時間帯に気合い入れて集中して制作しています。 日常のやさしさをすくい上げるまなざし ――これから取り組みたい表現やテーマについて、どのように考えていますか。mame これまでも、日常の中にある小さな思いや出来事を描きたいと思って制作してきました。世界がこんなにも不安定に感じられる今、その気持ちは以前よりもいっそう強くなっています。 ――鑑賞者にとって、作品がどのような存在であってほしいと願っていますか。 mame これからも特別な出来事ではなく、日々の中にあるやさしさを丁寧にすくい上げていきたいです。見てくださる方にとって、ふと気持ちがほどけるような存在になれたら嬉しいです。   「オマージュ北斎2」のmame作品はこちら  ↓画像をクリック↓ mame 酔余のある日図 水彩、アクリル、色鉛筆 執筆:月刊美術プラス編集部

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1000年後へ届く絵を――溝口まりあインタビュー
featuredインタビューオマージュ北斎2溝口まりあ

1000年後へ届く絵を――溝口まりあインタビュー

1000年先に残る作品を目標に、日本画の伝統と自身の感性を重ね合わせながら制作を続ける溝口まりあ。幼少期から育まれた絵画への情熱と、伊藤若冲の作品との出会いが進路を決定づけた。本インタビューでは、「オマージュ北斎」出品作に込めた思考や、素材・技法への徹底した探究、さらには制作に向き合う静謐な姿勢までを紐解く。富士山という普遍的なモチーフに託された祈りと、鑑賞者に寄り添う作品観が浮かび上がる。  幼少期から日本画へ——原体験と志のかたち ――画家を志したきっかけを教えてください。 溝口 画家になろうと決めたのは小学4年生の頃です。幼稚園の年少の頃からアトリエ教室に通っていたのですが、毎回スケッチブックを一冊描き切る程、絵を描くのが大好きでした。 ――日本画の道に進むと決めた背景には何があったのでしょうか。 溝口 高校2年生のとき、展覧会で伊藤若冲の『群鶏図(ぐんけいず)』の実物を見る機会がありました。その迫力と色彩の美しさに衝撃を受け、涙が止まらなくなってしまったんです。「私も時代を超えて後世に感動を伝えられる作品を描きたい」と強く思い、日本画を専攻しました。 ――作品制作における目標について教えてください。 溝口 目標は1000年先に残る作品を制作することです。後世の人々を見守り、共に生きていく相棒となる作品を届けたいと考えています。また、技法や高品質な素材にもこだわり、物理的にも1000年もつ絵を目指しています。 北斎へのオマージュ——「凱風快晴」を描き続ける理由 ――「オマージュ北斎」への参加は今回で2回目とのことですが、どのような思いで臨まれましたか。 溝口 1回目の時に描いた「冨嶽三十六景 凱風快晴」のオマージュ作品をさらに追求したいと思い、思い切って3点とも同作のオマージュにしました。 ――なぜ「凱風快晴」をモチーフに選ばれたのでしょうか。 溝口 一つの版で同じ構図ながら全く異なる表情の富士山を表現している点に強く惹かれました。ダイナミックで柔軟な「赤富士」と藍摺版の「青富士」、その両方に感銘を受けたことが理由です。 ――制作にあたってどのようなリサーチを行いましたか。 溝口 江戸時代から現代まで富士山の姿は変わっていません。葛飾北斎が現代に生きていたらどのような表情の富士山を描いただろうかと想像を膨らませました。「すみだ北斎美術館」で実物の浮世絵を取材し、さらに本物の富士山を毎日観察しながら制作を進めました。 北斎 「冨嶽三十六景 凱風快晴」(赤富士) 北斎 「冨嶽三十六景 凱風快晴(藍摺版)」 素材と技法——偶然性を生かした表現 ――作品に用いる素材について教えてください。 溝口 葛飾北斎が生きていた頃に浮世絵に使われていた画材を調べ、実際に画材店を巡って素材を集めました。プルシャンブルーや紅花などを使用しています。 ――普段の制作技法と今回の作品との関係はどのようなものですか。 溝口 普段は和紙を揉み紙にし、墨のたらし込みなどの技法で猫を描いています。今回もその技法をそのまま用い、自然の滲みを薄く何層にも重ねて描きました。 ――表現において大切にしていることは何でしょうか。 溝口 自然の滲みを生かし、偶然性の中で生まれる美しさを作品に閉じ込めることです。 制作環境と集中——無音の中で向き合う一瞬 ――制作時の環境について教えてください。 溝口 作品を制作する時は基本的に無音の環境で描いています。 ――その理由や制作時の心構えについてお聞かせください。 溝口 作品に込める思いは一つと決めています。耳や目から入る情報が作品に影響しないようにし、全力で集中して一瞬一瞬を大切に制作しています。 ――印象的な制作の時間はありますか。 溝口 雨の日は雨音が楽しいので、制作する時間として楽しみにしています。 旅と祈り——これからの挑戦と作品に込める願い ――今後挑戦したいことについて教えてください。 溝口 まだ訪れたことのない国を旅しながら作品制作をしたいです。これまでアメリカのグランドキャニオン、イタリア、ウズベキスタン、タイ、トルコなどに取材に行き、多くの作品を制作してきました。現地で体験し、感動という名の砂金を集め、それを作品として表現しています。 ――作品を手にする鑑賞者にとって、どのような存在であってほしいと願っていますか。 溝口 普段は黒猫を中心に描いています。黒猫は魔を祓い、幸運を招く存在であり、凛として自由な姿に人は惹かれます。今回は富士山を描きましたが、その芯は同じだと感じました。 ――富士山というモチーフに込めた意味を教えてください。 溝口 凛として美しい富士山は、人々を惹きつけ続けています。古くから信仰の対象であり、末広がりの形から繁栄や不死といった縁起の良い象徴でもあります。私の作品が、人生の相棒や家族、守り神のような存在になることを願って描いています。   「オマージュ北斎2」の溝口まりあ作品はこちら  ↓画像をクリック↓ 溝口まりあ 「凱風快晴」−春− 日本画・岩絵具・顔料、和紙   溝口まりあ 「凱風快晴」−夏− 日本画・岩絵具・顔料、和紙   溝口まりあ 「凱風快晴」−冬− 日本画・岩絵具・顔料、和紙     執筆:月刊美術プラス編集部

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北斎への共鳴と、現代に息づく「ずれ」の美学――原田ちあきインタビュー
featuredイベントインタビューオマージュ北斎2原田ちあき

北斎への共鳴と、現代に息づく「ずれ」の美学――原田ちあきインタビュー

幼少期に絵を描くことを制限されながらも、インターネット黎明期の体験を原点に創作を続けてきた原田ちあき。デジタルイラストへと移行し、線を削ぎ落とすことで到達した現在の画風には、葛飾北斎への強い共鳴がある。子育てと制作を両立する日常の中で育まれた感覚や、大阪という土地の空気感もまた作品に影響を与えている。多様な表現を横断しながら、鑑賞者に寄り添う作品を目指すその現在地を聞いた。 創造の原点とデジタル表現への歩み ――幼少期の環境や、創作の原点となった体験について教えてください。 原田 幼少期、母親からイラストを描くことを強く反対されていました。しかし漫画的な表現や絵を描きたいという気持ちはかなり強く、小学生低学年の頃に父親に与えてもらったPCでイラストを描くということを覚えました。母は機械に疎く、私がPCで何をしているかわかっていなかったようです。 ――その後、どのようにして現在の画風につながっていったのでしょうか。また、技法や素材の選択理由についてもお聞かせください。 原田 当時はインターネットの黎明期で、ペイントで絵を描いては友達にメールで送ってみたり、お絵描き掲示板というBBSでマウスを使ってイラストをちまちま描いては投稿するという事を繰り返していました。あの時期がなければ絵を描いていなかったかなと思います。現在の技法に至った経緯は純粋にイラストを描くうえで効率がよく、私の絵にあっていると感じたからです。 北斎との邂逅──少ない線に宿る圧倒的表現力 ――今回の「オマージュ北斎2」では、どのような点に惹かれ、作品のモチーフを選ばれたのでしょうか。 原田 俗にいう北斎漫画と呼ばれるシリーズがかねてより気になっており、是非自分の絵柄でも表現してみたいと思い、今回の作品のチョイスに至りました。 北斎漫画「百面相」十編 ――北斎の表現から受けた影響や、ご自身の制作過程との関係について教えてください。 原田 私はもともとアクリル絵の具で大きなキャンバスに絵を描いていたのがスタートなのですが、そこからインターネットに活動拠点を移す際、デジタルイラストに切り替え、より漫画的な表現を模索するようになりました。線を減らすというのはとても勇気のいる行為で、今の自分のスタイルにたどり着くまでにかなりの歳月をかけました。そういう経緯もあり、北斎の少ない線で必要な情報を全て表現する圧倒的な画力に魅力を感じています。 「ずれ」が生む魅力──印刷文化からの影響 ――作品の質感や表現に影響を与えているものについて教えてください。 原田 古い印刷物がとても好きで、特に昭和初期~中期あたりのめんこや雑誌に見られる版のズレがとても大好きなんです。 ――その「ずれ」の魅力を、ご自身の作品にどのように取り入れていますか。 原田 未完成だけど味があって、ずれていることによって完成している。自分の作品にもそのような見ごたえを持たせたいと思っています。 制約の中で加速する制作──日常と創作の関係 ――現在の制作環境や日常の中での制作スタイルについて教えてください。 原田 現在3年程子供を自宅保育しており、子供が寝たわずかな時間にイラストやコラム、漫画を執筆させていただいています。 ――そのような環境や、育った土地は作品にどのような影響を与えていますか。 原田 元々はじっくりゆっくり制作する方だったのですが、時間が限られている方がシャキシャキと色々こなせるようになった気がしています。また、私は産まれてからずっと大阪で過ごしており、大阪の持つビカビカとした空気や街の色は私の作品にかなり影響を与えていると思います。 「遊園地」のように楽しさや共感を広めたい ――現在取り組まれている多様な表現について、それぞれの役割をどのように捉えていますか。 原田 前述した通り私はコラムやイラスト、漫画、絵画といろんなジャンルの事に挑戦させていただいています。イラストは寂しい気持ちや悲しい気持ちになった時に、コラムは眠れない夜のお供になれば、漫画は少しの息抜きに笑ってほしくてと、それぞれ別の軸で動かしています。 ――今後の展望と、鑑賞者に向けたメッセージをお聞かせください。 原田 絵を人に見せたいと展示発表を行った当初、私は遊園地のような人間でありたいと思っていました。これからも自分にできる事を拡張し続けて、多くの人たちにいろんな楽しさや共感を広めていきたいと思っています。   「オマージュ北斎2」の原田ちあき作品はこちら  ↓画像をクリック↓ 原田ちあき 北斎漫画 デジタルプリント ed.10 執筆:月刊美術プラス編集部

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「同業者」として北斎に向き合う――信濃川日出雄インタビュー
インタビューオマージュ北斎2信濃川日出雄漫画家

「同業者」として北斎に向き合う――信濃川日出雄インタビュー

北海道札幌市を拠点に活動する漫画家・信濃川。新潟の農村で育まれた原風景と、漫画という表現に至るまでの道のりは、やがて「山」を描き続ける現在の創作へと結実した。デザインや音楽など多様な表現を経た経験、そして商業作家としての現実的な選択。その積み重ねの先にあるのが、長期連載『山と食欲と私』である。さらに今回の「オマージュ北斎2」では、葛飾北斎を「同業の先輩」と捉え直し、自身の制作と地続きの感覚で作品に向き合ったという。制作環境や技法、そして今後の展望まで、創作の現在地を聞いた。 農村の原風景と「漫画家」への自然な帰着 ――表現者としての歩みを振り返り、幼少期の環境や初めて熱中した制作体験など、現在の画風の根底にある「原風景」についてお聞かせください。 信濃川 現在は北海道札幌市在住ですが、生まれは新潟県の農村部です。大学進学を機に実家を出るまでの18年間、田んぼや野山に囲まれたのどかな風景の中で過ごしました。都市部から遠く、繁華街や商店街も近くにない環境で、川や山で遊んだり、自転車で走り回ったり、野球やサッカーをして過ごしていました。家の中では絵を描いたり、ミニ四駆やファミコンに熱中していました。 ――「描くこと」との出会いはいつ頃だったのでしょうか。 信濃川 「漫画」を描き始めたのは小学校2年生の頃です。ノートに落書き程度のものでしたが、絵と言葉で物語を動かしていくことに夢中になりました。夢中になれるだけの時間的な余白、つまり他にやることがなく暇だったことも大きかったと思います。描いたものを人に見せるうちに「絵がうまい」と褒められることが増え、それが自分のアイデンティティーになっていきました。小学校の卒業文集には「漫画家になる」と書いています。 ――高校時代には音楽にも取り組まれていたそうですね。 信濃川 高校では音楽に目覚め、ギターを弾き、自作曲を作り、バンドも組みました。少ないお小遣いでCDを買うような時代でしたが、音楽に関わる映像作品や雑誌、アルバムジャケットなどを見るうちに、デザインという仕事に興味を持ち、デザイナーを志すようになりました。 ――大学進学後、どのように進路を定めていったのでしょうか。 信濃川 筑波大学芸術専門学群視覚伝達デザインコースに進学し、グラフィックデザインやアートディレクションを学びました。在学中は写真、映像、油彩、現代アートなど幅広く挑戦しましたが、大学3年生の時に進路を「漫画家」に絞りました。ただ、「表現を選んだ」というよりも、経済的な理由が大きかったです。 ――経済的な理由とは具体的にどのようなものでしょうか。信濃川 当時は就職氷河期で、デザイナーという仕事に自分は不向きだと感じていましたし、絵画やイラストでどう収益を上げて自立するのかも見えませんでした。その点、「漫画賞に応募し、賞金を得て、連載を得て、コミックスで印税を得る」という道筋は単純で明確に感じられました。 ――プロとしてのスタートについて教えてください。 信濃川 大学休学中の2001年に初めて雑誌に掲載され、大学最終年の学費はその原稿料で支払って卒業しました。その後もデザインやイラストの仕事はアルバイト的に続けていましたが、2005年以降、商業漫画雑誌での連載や印税で生計を立てられるようになってからは漫画を専業としています。結果として、小学校の卒業文集に書いた夢の通りの道を歩むことになりました。学生時代にデザインやアートに触れた“寄り道”は、視野を広げるうえで大きかったと思います。 北斎を「同業の先輩」として読み替える視点 ――今回のテーマ「オマージュ北斎2」について、どのように向き合われましたか。信濃川 企画のお話をいただくまでは、北斎という存在は遠い時代の偉人という印象でした。しかし改めて作品や経歴を学び、今年のはじめに東京を訪れて彼が過ごした東東京(旧江戸)の空気を感じるうちに、その認識が変わりました。今では「同業者の先輩なのではないか」と感じるほど、非常に親近感を持っています。 ――その「同業者」という感覚について、もう少し詳しく教えてください。 信濃川 版元のオーダーと市場のニーズに応え、チームで制作し、庶民に向けて手頃な価格で作品を大量生産するという点は、まさに漫画の商業出版そのものです。北斎は富嶽三十六景や富嶽百景で約150点の富士を描いていますが、私は「山と食欲と私」で10年間にわたり、コミックス20巻分、2500ページ以上の山の風景と物語を描き、累計250万部以上を販売しています。その部分だけを見れば、両者の仕事の違いは何なのか、考えるほどわからなくなりました。 ――北斎という存在をどのように捉え直されたのでしょうか。 信濃川 北斎は純粋美術も手がけていますが、商業作家として「安く見られる」ジレンマや、そこから生まれる矜持もあったのではないかと想像しています。そうした点も含め、「同じ仕事をしている人」として捉え、「北斎先輩」と親しみを込めて呼ぶようになりました。 ――制作にあたって、特別なアプローチはあったのでしょうか。信濃川 むしろ逆で、「いつもの自分の仕事をそのまますることがオマージュになる」と考え、特別なことはしないようにしました。あえて言えば、構図を取る際に幾何学的な裏付けをいつもより丁寧に意識した程度ですが、それも普段から行っていることです。 ――北斎との表現上の違いについてはどのように感じていますか。 信濃川 例えば北斎は江戸から見えた富士を描く際、本来見えるはずの丹沢を省略しています。描きたいものだけを描いている、つまり脚色しています。一方で私の場合、『山と食欲と私』の作品世界では、実在する山に関しては位置関係を正確に描くよう努めているため、丹沢の存在を省略できません。ただ、今回は北斎に倣って、架空の風景を堂々と描きました。 ――今回の作品で新たに取り入れた点はありますか。信濃川 販売作品として、デジタルデータを和紙に出力していただいた点です。普段のコミックスやポスターではコート紙が一般的なので、和紙特有の風合いが加わっていると思います。 漫画制作を基盤とした技法と北斎的タッチの融合 ――素材や技法について、どのような制作プロセスを経ているのでしょうか。信濃川 基本的には普段の漫画制作と同じ手法です。紙に下書きをし、漫画原稿用紙にペン入れを行い、スキャン後にPhotoshopで着彩します。そのデータを和紙にジークレー印刷し、最終的に手彩で加筆して完成させています。特別な伝統技法は用いていません。 ――今回、北斎へのオマージュとして意識された点を教えてください。 信濃川 野山の描き方や描線、雲の模様、グラデーションの使い方などに北斎流のタッチを取り入れました。「現在連載中の『山と食欲と私』の主人公が立つ世界を、北斎流で描いたらどうなるか」というコンセプトです。 集中を生むアトリエ環境と移動し続ける生活 ――現在の制作環境について教えてください。信濃川 自宅から徒歩5分の場所にある築50年の2階建ての家屋をリノベーションし、アトリエとして使っています。毎朝9時に“出勤”し、17時に“退勤”する生活で、基本的に一人で作業し、昼食は弁当を持参しています。 ――その環境は制作にどのような影響を与えていますか。信濃川 リノベーションには2年かかり、本格的に使い始めて半年ほどですが、自宅の一室で作業していた頃よりも深い集中ができるようになりました。子どもがいる環境で集中を確保するのはやはり大変だったのだと実感しています。DIYも含めたリノベーションは、制作環境を整え、「集中」を得るための取り組みでもあります。 ――日常の制作活動についても教えてください。 信濃川 机での作業に加え、全国各地への登山取材も重要な仕事です。10年以上、季節ごとに登山道具を背負って山を訪れ、その体験を漫画に落とし込んでいます。2001年にデビュー後、東京に約10年、その後札幌に移住して15年ほどになりますが、その間に計9回引っ越しをしています。 ――生活環境を変えることについて、どのように考えていますか。 信濃川 必要に迫られてという面もありますが、新しい刺激を得るためにも積極的に環境を変えてきました。北斎も引っ越しが多かったようですが、自分の人生に飽きないためにも、目の前の景色を動かしていくことは大切だと感じています。 山からその先へ、描き続けるための拡張 ――今後の展望についてお聞かせください。 信濃川 デビューから25年、キャリアの半分近くを「山の漫画」に費やしてきました。現在の連載は続きますが、機会があれば山以外を題材にした作品や、絵画作品にも挑戦したいと考えています。学生時代に油彩やアート制作に触れた際の「やりきれていないこと」が、自分の中に未練として残っているのだと思います。 ――最後に、鑑賞者へのメッセージをお願いします。 信濃川 北斎は90歳を過ぎても描き続けようとしていました。私もまだまだ続けたいと思っています。今回の作品は「壁に長くかけてもらえる」ことを意識し、激しさを抑え、生活空間に馴染むように制作しました。漫画でも同じですが、手にした方の日常が少しでも豊かになれば嬉しいです。   「オマージュ北斎2」の信濃川日出雄作品はこちら  ↓画像をクリック↓ 信濃川日出雄 北ア稜線雷雲下 デジタルプリント、手彩、和紙 ed.10   信濃川日出雄 富士山とおにぎりと鮎美 デジタルプリント、手彩、和紙 ed.10 執筆:月刊美術プラス編集部

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異文化の色彩が宿る"浮世の氣楽絵”――柴田亜美インタビュー
featuredインタビューオマージュ北斎2柴田亜美

異文化の色彩が宿る"浮世の氣楽絵”――柴田亜美インタビュー

幼少期を海外で過ごし、異文化の空気を身近に感じながら育った柴田亜美。その後、漫画家として確固たる地位を築いた彼女は、近年、画家として新たな表現領域へと歩みを進めている。和の題材に宿る神話性やユーモアに、どこか異国の光を思わせる色彩が重なるその作品は、独自の存在感を放つ。本インタビューでは、創作の原点から伝統との関係、素材や技法の工夫、制作を支える環境、そしてこれからの展望までを丁寧に語ってもらった。軽やかさの奥にある確かな美意識に迫る。 異文化体験が育んだ色彩感覚 ――創作の原点と美意識の形成について教えてください。 柴田 幼少期にカナダで過ごした経験と、故郷である長崎の持つ異国文化の影響が、自分の画風の基盤になっていると感じています。長崎は歴史的に海外との交流が盛んな土地で、街の空気や文化の中に自然と異国の気配が溶け込んでいます。そうした環境で育ったことに加え、カナダで見た景色や色彩の記憶が重なり、現在描いている神獣や妖怪といった和のモチーフに対しても、どこか諸外国の華やかさや明るさを感じさせる色使いが加わるようになりました。結果として、伝統的でありながらも少し異質な、独自のバランスを持った画風になっているのではないかと思います。 北斎と長崎の伝承をめぐる視線 ――伝統や先人との対話についてお聞かせください。 柴田 もともと妖怪が好きだったことに加えて、故郷の長崎では河童の伝説がよく知られていることもあり、今回の題材として河童を選びました。その中でも、先人である北斎が描いた河童に強く惹かれ、そこから着想を得ています。制作にあたっては、実際に長崎の諏訪神社を訪れ、頭に皿を持つ河童の姿をした狛犬を取材しました。伝承としての存在だけでなく、具体的な造形としての河童を観察することで、より自分なりの解釈を深めることができたと感じています。過去の表現に敬意を払いながらも、自分の感覚で再構築していくことが、制作において大切な対話のひとつになっています。 「北斎漫画 3編」より河童 胡粉ジェッソとアクリルガッシュが生む質感 ――素材の探究と独自の技法について教えてください。 柴田 今回の制作では、浮世絵が持つ落ち着いた質感と、異国的な鮮やかさを両立させることを意識しました。そのために、下地には胡粉ジェッソを使用し、その上からターナーのアクリルガッシュ「和」ジャパネスクシリーズで着色しています。胡粉ジェッソによって表面にやわらかなマット感が生まれ、そこに重ねる色彩がより穏やかに定着します。その結果、一般的なアクリル絵具に見られる強い艶を抑えつつ、華やかさは失わない、落ち着いた発色を実現することができました。 素材の選択によって表現のニュアンスが大きく変わるため、その組み合わせを探ること自体が、制作の重要なプロセスになっています。 三つのアトリエと自然光のリズム ――制作環境と日常のルーティンについてお聞かせください。 柴田 制作はできるだけ自然光のもとで行うようにしています。日が昇ると同時に仕事を始め、日が沈むとその日の制作を終えるというリズムです。この生活を続けていると、日の長さの変化によって自然と四季を感じることができ、それが心や体調の安定にもつながっているように思います。 また、現在は東京の自宅、京都の高台寺さまのご厚意でお借りしている境内の書院、そして長崎の実家という三つのアトリエを使い分けています。例えば、エネルギーの強い作品を描きたいときは東京、侘び寂びの感覚を大切にしたいときは京都、自然の気配を取り込みたいときは長崎というように、作品の方向性に応じて場所を選んでいます。それぞれの土地の空気が、作品に少しずつ影響を与えていると感じています。 日々に寄り添う絵画を目指して ――未来への展望と鑑賞者へのメッセージをお願いします。 柴田 現在は月刊美術で毎月一枚の絵画を描き下ろしながら、新たに絵本の制作にも取り組んでいます。これまで漫画という形で多くの方に作品を届けてきましたが、絵画という表現でも、同じように誰かの日常に寄り添えるものを生み出していきたいと考えています。私の絵を見た方が、その日一日を少し元気に過ごそうと思っていただけるような、そんな力を持つ作品をこれからも描き続けていきたいです。   「オマージュ北斎2」の柴田亜美作品はこちら  ↓画像をクリック↓ 柴田亜美 河童狛犬 アクリル、キャンバス   執筆:月刊美術プラス編集部

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猫と日本画がひらく、やわらかな光の世界――伊藤清子インタビュー
featuredイベントインタビューオマージュ北斎2伊藤清子

猫と日本画がひらく、やわらかな光の世界――伊藤清子インタビュー

  幼少期から多様な芸術に親しみ、やがて日本画という表現へとたどり着いた伊藤。鉱物への興味を原点に、独自の技法で描かれる猫たちは、明るく愛らしい存在感を放つ。大病を経た経験や日々の暮らしの中で得た感覚を織り込みながら、作品はどのように生まれているのか。その創作の背景と未来への思いを聞いた。 多様な芸術体験と鉱物への関心が導いた日本画 ――幼少期からどのように芸術と関わってきたのでしょうか。また、数ある表現の中から絵を選ばれた理由を教えてください。 伊藤 幼少期から美術、音楽、舞台芸術、映画、文学等、様々なものが好きで、鑑賞したりやってみたりしていました。結局は長時間やっていても苦にならない絵を描くことを選択しました。 ――日本画を選んだきっかけにはどのようなものがあったのでしょうか。 伊藤 日本画を選んだ理由は、幼少期から鉱物が好きで集めていたことが影響しています。鉱物を砕いて絵具にしていることがよくわかる日本画に魅力を感じました。 浮世絵と富士山の記憶がもたらした創作の転機 ――日頃の制作の中で、どのように伝統や先人の作品と向き合っていますか。 伊藤 普段から制作の休憩や気分転換に浮世絵の画集を眺めていました。 ――近年のご経験が作品に影響を与えたことはありますか。 伊藤 昨年は大病を患い長期入院と大手術をしたのですが、入院した病院は窓が大きく、晴れた日には富士山がきれいに見えました。その富士山の姿にとても勇気付けられ、明るい気持ちを保つことができました。その体験から、北斎がテーマなら富士山が印象的な作品を取り入れたいと思い制作しました。 絵具を盛り上げることで生まれる立体的な猫 ――作品における猫の表現にはどのような工夫がありますか。 伊藤 猫の表現は西洋的な陰影表現でなく、絵具で毛を1本1本盛り上げて物理的に陰影をつける表現をしています。明るく彩度の高い作品にしたかったので、西洋的な陰影表現では違和感があり、また輪郭的な表現でないオリジナルな表現を求めた結果、現在の猫の表現にたどり着きました。 ――猫以外のモチーフについても同様の技法が用いられているのでしょうか。 伊藤 猫以外のモチーフ、モンブラン等も同じように絵具を盛り上げたり荒い絵具で質感をだしたりと物理的に表現しています。 猫と暮らすアトリエと鎌倉の風土が生むモチーフ ――日々の制作環境について教えてください。 伊藤 私のアトリエは2匹の猫が自由に出入りできるようにしています。どちらかがいつも側にいてくれて、描いているのも猫、一休み中に相手してくれるのも猫という理想的な状況です。日々、猫の姿を見ていると、どんなポーズや仕草も可愛くて、描いてみたいと創作意欲を掻き立てられます。 ――制作のリズムや生活環境も作品に影響していますか。 伊藤 また、住んでいる鎌倉は神社仏閣も多く、その影響もあり縁起物等の日本的な要素も取り入れ、猫と組み合わせるようになりました。日々のルーティンはありませんが、現在も療養中のため、余り長時間描き続けてしまわないように、猫が甘えに来てくれたら休憩をするように心掛けています。 七福神や新たなモチーフへ広がる表現と感謝の思い ――今後挑戦していきたいテーマについて教えてください。 伊藤 今後は、まだ描いていない七福神や神様にチャレンジしていきたいです。日本的なもの以外にも、まだ描いていない可愛いものや美味しいものを絵の中で猫に被らせてみたいです。 ――最後に、鑑賞者へのメッセージをお願いします。 伊藤 昨年、大病をしてから色々な方に心配していただき、温かく励ましていただき感謝でいっぱいです。いただいた温かいものを絵でお返しできればと思っています。絵を見てくれた人の心が明るく楽しくなり、私の描いた絵が生活を彩っていただければ幸いです。             「オマージュ北斎2」のmame作品はこちら  ↓画像をクリック↓ 伊藤清子 猫かぶり‐だいこくにゃん(凱風快晴) 岩絵具、水干絵具、高知麻紙

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巻頭特集:「鉛筆画の極み」(月刊美術2月号ハイライト)
月刊美術

巻頭特集:「鉛筆画の極み」(月刊美術2月号ハイライト)

16世紀にイギリスで生まれた鉛筆は、我々にとって最も馴染みのある文具。黒鉛と木材というシンプルな構造は、発明以来ほとんど変わることがない。しかし、その一方で、芯の硬度や濃度の幅は広がり、用途や表現に応じて、進化を遂げてきた。美術の世界では、デッサンやドローイングに用いられる、最もベーシックな画材とされてきた。完成作品に至る前段階──すなわち、タブローの下絵としての役割を担ってきたのだ。しかし、現在は違う。自身の感性をダイレクトに写し出すこの画材を、唯一無二の武器として選び取り、「鉛筆画の極み」とも言うべき表現へと昇華させる画家たちがいるのだ。無限の拡がりを予感させながら、脇役ではなく、自立した絵画へと進化する鉛筆画の世界。30人の仕事と思いから、その多様なる姿を、紹介したい。 ――月刊美術2026年2月号より転載 第四の関節としての鉛筆 建石修志 《角度の測定―星に従え!》 36.4×32.2cm ケント紙ボード、アルキド樹脂絵具、鉛筆 藝大に進学したのは、宇野亞喜良さんや横尾忠則さんといったイラストレーターが、時代の寵児として注目を集めていた頃でした。油画ではなく、あえてデザイン専攻のある工芸科を受験したのは、自分もまた、そうしたクリエイターの一人になりたいと考えていたから。澁澤龍彦の著作を通じて幻想の世界を知ったのも、ちょうどその頃でした。 3年次にはビジュアル・デザインを専攻しましたが、教室でアカデミックな授業を受けるよりも、街に出ていくことに惹かれていました。本や映画、芝居、舞踏など、街そのものが教科書のようで、次々に生まれるカルチャーから直接刺激を受けるほうが、はるかに面白かった時代でした。文藝誌で鉛筆によるイラストレーションの仕事を始めたのも学部生の頃でした。当時はモノクロ印刷が主流だったこともありますが、それ以上に、鉛筆という画材が自分の手に最もしっくりきていたのだと思います。筆で描くことは、感触的に合いませんでしたし、そもそも私の関心は、色よりも、形やイメージに向いていたのです。 本格的に幻想的な作品を描き始めたのは、卒業制作でルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を題材にしてからです。澁澤・種村季弘両氏の書物を読み返しながらイメージを膨らませていきました。同じ頃、中井英夫さんの連載小説の挿画を手がけたこともきっかけとなり、以後、幻想系の仕事が中心になっていきました。 その後、小田急百貨店で開催されたウィーン幻想派展に触れたことをきっかけに混合技法を学び、色彩を用いた作品にも取り組むようになります。有色の下地に白でハッチングを施すこの技法を受け入れられたのは、その線を鉛筆の線の延長として捉えることができたからでした。 赤や青といった鮮やかな色はありませんが、鉛筆の「色」はとても重要です。やわらかい鉛筆で描いた上に硬めの鉛筆を重ねることで、中間のトーンや微妙な調子が生まれます。塗っても擦っても自由ですが、私はあくまで線を重ねて像を立ち上げていきます。鉛筆という画材は、手の延長、あるいは第四の関節のような存在であり、イメージを広げていくうえで、最も確実な方法なのです。(談) ●作家プロフィール1949年東京都生まれ。72年東京藝術大学美術学部工芸科ビジュアルデザイン専攻卒業。《凍結するアリスたちの日々に》に始まる鉛筆による作品、《標本箱の少年》に始まる油彩・テンペラの混合技法による作品、箱によるオブジェ、コラージュの作品制作と並行して、中井英夫、久世光彦、皆川博子など幻想文学の挿画、書籍の装丁は400冊を数える。『凍結するアリスたちの日々に』『leaf/poetry-紙片の狭間に』などの画集、『鉛筆で描く』などの技法書、ほかに『月』『幸福の王子』『不思議・鏡の国のアリス』などの絵本の仕事も多数手がける。 ●使用する鉛筆STAEDTLER Mars Lumograph 10H~12BMITSU-BISHI Hi-uni 10H ~10B 色鉛筆で描く「黒」の世界 寺崎百合子 《Grand Palais》 54.0×76.4cm 紙に色鉛筆 1993年 鉛筆といっても使うのは色鉛筆です。色鉛筆を画材とする理由は、それが子どものときからの宝物だったからです。高校の卒業祝いに貰った72色のステッドラーをいまだに大事にしています。 黒い絵を描き始めたのは、絵描きを志した頃に魅了されていた映画も写真もモノトーンの作品だったからでした。それがいまだに続いているというだけの理由です。学生時代に描いていた油絵の、鮮やかな色彩を大きなキャンバスに自由に描く喜びをよく覚えているので、早く色彩の世界に戻りたいと思いつつ、黒の世界で描くべきものをまだ描き終えていないので、やむなく黒い色鉛筆で描き続けている次第です。 最初72色だった色鉛筆は次第に増えて、今では恐らく1000色を超えているはずです。せっかく自分の手元に集まってくれた鉛筆たちを使ってあげなくてはなりません。もうしばらくは色鉛筆で描くことになるだろうと思っています。(寺崎) ●作家プロフィール1952年東京都生まれ。74年米国ハワイ州立大学芸術学部卒業。88年米国ニューヨーク滞在(Asian Cultural Council奨学金取得 ~89年)。95年個展「階段」ギャラリー小柳(銀座)。98年英国オックスフォード滞在(文化庁芸術家在外研修員として、New College,Oxfordを拠点に図書館を取材 ~99年)。2004年個展「BOOKS」ギャラリー小柳。『英国オックスフォードで学ぶということ』刊行(講談社)。07年「線の迷宮II―鉛筆と黒鉛の旋律」目黒区美術館。13年「YurikoTerazaki - drawings, Dmitry Badiarovviolins」Badiarov Violins(デン・ハーグ、オランダ)。24年個展「Every step we take,each story we unfold 時を数えて」ギャラリー小柳。 ●使用する鉛筆FABER-CASTELL Polychromos #199STAEDTLER Mars Lumochrom 104-9MITSU-BISHI HARD 7700 ●余白ノヲト黒色鉛筆は柔らかいものと硬いものを併用しています。硬い鉛筆はSTAEDTLER Lumochromの暖かい黒色が大好きだったのですが、廃盤とされてしまいました。仕方なく三菱の硬質色鉛筆を使っていたのですが、それも製造が中止になってしまいました。世の中から硬い色鉛筆というものが無くなっていくようです。「そろそろ黒一色の絵を卒業せよ」と言われているのかも知れません。 SNSから登場した鉛筆画家 大森浩平 《UNTITLED '17》 52×52cm ケント紙に鉛筆 2017年 SNSから登場した大森浩平さんは、現在31歳。独学で絵を描き続けながら、自身の表現を発信することで注目を集めてきた。しかし、評価や反響が広がる一方で、その歩みは決して平坦なものではなかった。制作が進むほどに生まれた新たな悩みは、やがて彼を一度、制作の現場から遠ざけることに。 迷いや葛藤を抱えながらも、なぜ彼は再び鉛筆を手に取ったのか。SNSを起点としたこれまでの軌跡、制作の実際、そして画家が抱く理想と挑戦について話を聞いた。 ――SNSに鉛筆画を投稿するようになった経緯を教えてください。大森 幼い頃から絵を描くのは好きでしたが、高校、大学とうまく通えなくなってしまいました。デッサンは得意でデザイン系の大学にも入学しましたが、毎日通い、多くの課題を同時にこなすことがどうしてもできなかったんです。〈ひとつのことを完璧にやりたい〉のに、すべてをほどほどに進めることが自分には難しかった。そこで、自分にできることは何かと考え、思い浮かんだのがSNSへの作品投稿でした。 ――最初の投稿について教えてください。大森 二十歳の頃、ツイッター(現・X)に投稿し始めました。最初は知人が見る程度でしたが、2017年にボルトとナットを描いた作品を、姉が「ちょっと狂気を感じる」というコメント付きで知らぬ間に投稿し、それが一気に拡散しました。それが広く知られるようになったきっかけです。 ――反響による変化はありましたか。大森 企業から仕事の依頼が来たり、YouTubeの再生数が伸びたりはしましたが、自分を絵描きだとは思えていませんでした。そう意識できるようになったのは、初個展を開いた一昨年頃からです。 ――制作を休止していた時期もありました。大森 完成した作品の保管が過剰に気になるようになり、置き場所や額装の細部まで不安になってしまったんです。作品が増えるほど心配も増え、「もうやめようか」と思いました。そんなとき、瀬戸内市立美術館の岸本員臣館長が作品管理を申し出てくださり、不安が消えて制作に戻れました。 ――実際の制作について教えてください。大森 まず写真を準備するところから制作が始まります。構図や光の当たり方、影の落ち方に至るまで、細部に徹底してこだわります。描くのは右手なので、手が画面に触れて汚れないよう、左上から右下へと描き下ろしていきます。時間はかなりかかりますが、右下に到達した時点で完成。後戻りすることはありません。完成させながら、少しずつ範囲を広げていく感じです。 ――理想の表現とは?大森 鉛筆は色を使わない分、質感に集中できると思いますし、特に金属の重さや冷たさ、手触りを伝えるには最適です。難しい表現に挑むことで、人の手仕事の限界に挑戦し続けたい。アナログでどこまでできるのか、その挑戦に今もやりがいを感じています。 ●作家プロフィール2025年1994年岡山県生まれ。2016年岡山県立大学デザイン学部中退。17年spiral take art collection 2017 蒐集衆商(スパイラルガーデン・南青山)。19年超絶の世界展(瀬戸内市立美術館・岡山)。24年鉛筆画 大森浩平展(瀬戸内市立美術館)。大森浩平原画展(秋田オーパ)。大森浩平 鉛筆画展(福山天満屋・広島)。25年鉛筆画 大森浩平展(長島美術館・鹿児島) ●使用する鉛筆MITSU-BISHI uni H ~ 4B(Fを除く6種) 月刊美術 2026年2月号の購入はこちらから

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令和の神 新作展 GOD OF REIWA
月刊美術

令和の神 新作展 GOD OF REIWA

2月にそごう広島店で開催される「令和の神」展は、そうした日本的な神観を、現代の視点からあらためて見つめ直す試みだ。本展には、千住博、手塚雄二、西田俊英といった現代日本画を代表する作家をはじめ、岩田壮平、加来万周、瀧下和之、野地美樹子など独自の表現で注目を集める画家、さらに川﨑麻央、岩谷晃太、玉井伸弥、丁子紅子といった新世代の精鋭たちが名を連ねる。

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熱気と才能の発生源へ。2025年度「卒展」完全ガイド【現地取材ルポ付】
featured卒展武蔵野美術大学鎹さやか

熱気と才能の発生源へ。2025年度「卒展」完全ガイド【現地取材ルポ付】

真冬の風が冷たさを増すこの季節、美大では逆に最も「熱い」シーズンが幕を開けようとしています。それが「卒展(そつてん)」こと、卒業・修了制作展です。 美大生たちが数年間の学生生活の全てを注ぎ込むこのイベントは、単なる「課題発表会」ではありません。そこは、明日のアートシーンを担う才能たちが産声を上げる「デビューの現場」であり、私たち鑑賞者にとっては、まだ見ぬ傑作と出会えるトレジャーハンティングの場でもあります。 今回は、卒展の基本的な楽しみ方から、今年度(2026年早春開催)の見逃せないスケジュール、そして武蔵野美術大学の卒展現場で集めた「学生たちのリアルな声」までを網羅してご紹介します。 そもそも「卒展」とは何か? 「卒展」とは、美術大学・専門学校の最終学年に課される「卒業制作」および大学院の「修了制作」を一堂に展示する展覧会のこと。 多くの学生にとって、これは「学生最後の課題」であると同時に、「作家としての最初の個展(あるいはグループ展)」という意味合いを持ちます。教員による厳しい審査を経て展示される作品群は、絵画、彫刻、デザイン、工芸、建築、映像、メディアアートと多岐にわたり、その規模とエネルギーはプロの美術館企画を凌駕することさえあります。 【現地ルポ】数字と証言で見る「卒展のリアル」~2026.1.18 武蔵野美術大学 鷹の台キャンパス取材記~ 「卒展」の会場には、実際にどのようなドラマがあるのでしょうか。2026年1月18日、卒展会期中の武蔵野美術大学鷹の台キャンパスを訪れ、大学広報担当者と、4名の出展学生にお話を伺いました。そこには、作品の美しさだけでは語れない、切実で濃密な物語がありました。 「カオス」が生む熱気 「うちの場合は展示場所が学科ごとに決まっていないので、デザインと油絵が混じって展示されているなど、いろいろなジャンルが混在しているのが特徴です」 そう語るのは、武蔵野美術大学広報の担当者。日本最大級ともいわれる卒展規模を誇る同学のキャンパスを歩くと、日本画の展示の隣に巨大なインスタレーションがあったりと、予期せぬ出会いが連続します。この「ジャンルレスなカオス」こそが、卒展の醍醐味であり、日本のアートシーンの縮図とも言えます。展示場所がジャンル分けされていない武蔵野美術大学では、特にこのカオスを強く感じました。 自由すぎる「日本画」たち 特に印象的だったのは、伝統的な「日本画」の枠を超えた表現です。 「日本画専攻ですが、デジタル映像と複合させた作品を作りました」と語るのは、学部生の松尾彩花さん。「日本画とは何か?」を問い続け、素材にこだわらず好きな手法で表現する自由さが武蔵野美術大学にはあると言います。 造形学部日本画学科の松尾彩花さん。《想像の絵具》(手前・デジタルアニメーション)、《学び舎》(奥) また、「月刊美術プラス」の特別展「オマージュ琳派~箔と構図と装飾美~」にも出展いただいた大学院生の鎹(かすがい)さやかさんは、校内に根付く独特の気風について「本校には泥臭い精神がある」と語ります。これは、器用にこなすことよりも、作品と実直に向き合い、愚直に手を動かし続けることを尊ぶ「ムサビズム」とも言える姿勢のこと。その言葉通り、彼女自身も蓮の花をテーマにした精神性の高い作品を、朝から晩までアトリエに籠もる猛烈な集中力で完成させました。 大学院美術専攻日本画コースの鎹さやかさん。《迷繊一縷》(左)、《淬火鳳光》(右) 岩絵具や和紙といった画材の定義よりも、固定観念にとらわれず、「何を描きたいか」という魂の在り方が優先される現場の空気が、そこにはありました。 制作費と時間の「投資」 学生たちは、この一瞬のためにどれだけのリソースを投じているのでしょうか。 「制作費は金具も含めて10万ちょっとくらい」と明かしてくれたのは、版画専攻の中村佳伶(rinrin)さん。「快楽脱皮っぴ」をテーマに、版画と愛好するソフビ(ソフトビニール人形)を融合させた異色の展示を展開。「版を彫る行為は、かさぶたを取る快楽に似ている」という言葉には、クリエイターならではのフェティシズムが宿ります。 油絵学科版画専攻の中村佳伶(rinrin)さん。《快楽脱皮っぴ》 油絵専攻の粉川桜雪(こかわ・さゆき)さんも「学内に材料のショップがあるので、自作したキャンバスの費用は抑えられましたが、それでも10万円弱」とのこと。温かみのある「ほっぺた」の表現にこだわり、1ヶ月半毎日大学に通い詰めて描き上げました。 油絵学科油絵専攻の粉川桜雪さん。《ごちそうさまの気持ち》(左)、《きらめきのリズム》(右) 鎹さんのような院生の場合は、そのまま作家への道を進む人の割合も多くなりますが、多くの学部生は美術関連の制作会社やゲーム会社、おもちゃメーカー、デザイナーなどへの就職を決めています。 ただ、「これから院試です」(粉川さん)、「いったん社会に出てから、院に戻るかも」(松尾さん)、「就職して創作活動は趣味として続けるけど、将来的には創作で生計を立てられたらという気持ちもある」(中村さん)など、今後の人生においても「美術」と関わって生きていこうという覚悟が感じられました。 この卒展は、学生時代の「集大成」であると同時に、プロの世界へ羽ばたくための「高価で贅沢な滑走路」なのかもしれません。 広報の担当者はこう締めくくります。 「美術の道を進む方も、離れる方もいますが、ここは皆さんにとっての『やりきった思い出』であり、人生の集大成です」 会場に溢れる熱気は、二度と戻らない青春の輝きそのものでした。 卒展の楽しみ方:2つの視点 卒展の楽しみ方は、大きく分けて「アートファン」としての楽しみ方と、「コレクター(予備軍含む)」としての楽しみ方の2つがあります。 視点A:アートファン・学生として楽しむ ・キャンパスの空気を味わう 多くの卒展は大学のキャンパス内で行われます。歴史あるアトリエ、散乱する画材、そして建築家が設計した美術館級の校舎。それらが醸し出す独特の「美大の空気」を吸い込むだけでも、非日常的な体験になります。美大への進学を希望する高校生にとっては、その学校の雰囲気や校風を知る絶好の機会です。 ・トレンドの萌芽を見つける 学生たちは敏感です。社会問題、テクノロジー、環境、ジェンダーなど、現代社会が抱えるテーマが、若者特有の感性で作品に昇華されています。「いま、何が表現されているか」を見ることは、現代社会の写し鏡を見ることといっても過言ではないでしょう。 視点B:コレクター・購入者として楽しむ 近年、アートマーケットの活況に伴い、卒展は「プライマリー(一次)市場」のさらに手前、「ゼロ次市場」として注目されています。 ・未来の巨匠を探す 村上隆や奈良美智も、かつては無名の美大生でした。卒展は「原石」を自らの目で見つけ出せる唯一の機会です。 ・購入のマナー 多くの卒展では作品販売が行われています。価格は市場価格より抑えられていることが多いですが、値切り交渉などは御法度です。 2025年度 主要美術大学・専門学校 卒展スケジュール(2026年1月〜3月開催分) ※2026年1月21日時点の情報です。最新情報は必ず各校の公式Webサイトをご確認ください。 【東京・関東】 ■ 武蔵野美術大学 今回取材を行った広大な鷹の台キャンパス全体が展示会場に。見応えは随一です。 展覧会名:2025年度 武蔵野美術大学 卒業・修了制作展 会期:①2026年1月16日(金)~18日(日)※終了しました    ②2026年1月30日(金)~2月1日(日)※クリエイティブイノベーション学科、大学院造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコース 会場:①鷹の台キャンパス(東京・小平市)    ②市ヶ谷キャンパス(東京・新宿区市谷田町) URL:https://www.musabi.ac.jp/student_life/event/degree_show/ ■ 東京藝術大学 難関大として知られる美大。上野公園一帯がアートに染まる期間です。 展覧会名:第74回 東京藝術大学 卒業・修了作品展 会期:2026年1月28日(水)~2月1日(日) 会場:東京都美術館、大学美術館、大学構内(東京・上野) URL:https://museum.geidai.ac.jp/exhibit/2026/01/sotsuten25.html ■ 多摩美術大学 学科ごとに日程・会場が異なる場合があるため注意が必要ですが、八王子キャンパスでの展示は圧巻です。 展覧会名:美術学部卒業制作展・大学院修了制作展A日程 会期:2026年1月9日(金)~12日(月・祝)※終了しました 会場:八王子キャンパス(東京・八王子市) URL:https://www.tamabi.ac.jp/news/107262/ 展覧会名:美術学部卒業制作展・大学院修了制作展B日程 会期:2026年3月13日(金)~15日(日) 会場:八王子キャンパス(東京・八王子市) URL:https://www.tamabi.ac.jp/news/107266/ 展覧会名:多摩美術大学博士課程展2026 会期:2026年2月25日(水)~3月8日(日) 会場:八王子キャンパス(東京・八王子市) URL:https://www.tamabi.ac.jp/news/107272/ ■ 東京五美術大学 連合卒業・修了制作展(五美大展) 東京の主要5大学(日芸・武蔵野・多摩・女子美・造形)のファインアート(日本画・油絵・版画・彫刻)が集結。効率よく見比べるならここ。 会期:2026年2月20日(金)~3月1日(日)※2月24日(火)休館 会場:国立新美術館(東京・六本木) URL:https://www.tamabi.ac.jp/news/107269/ ■ 桑沢デザイン研究所 バウハウスの理念を継ぐ、デザイン専門学校の名門。デザインの最前線が見られます。 展覧会名: 桑沢デザイン研究所 卒業生作品展「桑沢2026」 会期:2026年2月27日(金)~3月1日(日) 会場:渋谷校舎(東京・渋谷) URL:https://www.kds.ac.jp/others/kuwasawa2026/ 【関西・中部・その他公立美大】 ■ 京都市立芸術大学 2023年に京都駅近くの新キャンパスへ移転。新校舎での展示に注目が集まります。 展覧会名:2025年度京都市立芸術大学作品展 会期:2026年2月7日(土)〜11日(水・祝) 会場:京都市立芸術大学(京都) URL:https://www.kcua.ac.jp/20260207_sakuhinten/ ■ 金沢美術工芸大学 工芸都市・金沢ならではのレベルの高い工芸作品は必見。 展覧会名:金沢美術工芸大学 卒業・修了制作展2026 会期:2026年2月14日(土)~20日(金)、23日(月・祝)~28日(土) 会場:金沢21世紀美術館 市民ギャラリーほか(石川・金沢市) URL:https://www.kanazawa-bidai.ac.jp/event/44858/ ■ 愛知県立芸術大学 自然豊かな長久手キャンパスでの展示。「木木木(もり)の卒展」として知られます。 展覧会名:令和7年度 愛知県立芸術大学卒業・修了制作展《木木木(もり)の卒展》 会期:2026年2月20日(金)~26日(木) 会場:愛知県立芸術大学キャンパス(愛知・長久手市)、愛知県陶磁美術館(愛知・瀬戸市) URL:https://www.aichi-fam-u.ac.jp/event/002238.html ※以下はその他の主な美術系大学です(順不同)。卒展のスケジュール等の詳細は公式サイトにてご確認ください。 ■ 女子美術大学https://www.joshibi.ac.jp/ ■ 東京造形大学https://www.zokei.ac.jp/ ■ 日本大学芸術学部https://www.art.nihon-u.ac.jp/ ■ 横浜美術大学https://www.yokohama-art.ac.jp/ ■ 名古屋芸術大学https://www.nua.ac.jp/ ■ 名古屋造形大学https://www.nzu.ac.jp/ ■ 東北芸術工科大学https://www.tuad.ac.jp/ ■ 秋田公立芸術大学https://www.akibi.ac.jp/ ■ 京都芸術大学https://www.kyoto-art.ac.jp/ ■ 嵯峨美術大学https://www.kyoto-saga.ac.jp/ ■ 大阪芸術大学https://www.osaka-geidai.ac.jp/ ■ 成安造形大学https://www.seian.ac.jp/ ■ 広島市立大学芸術学部https://www.hiroshima-cu.ac.jp/department/art/ ■ 尾道市立大学芸術文化学部https://www.onomichi-u.ac.jp/arts/art_culture/ ■ 富山大学芸術文化学部https://www.tad.u-toyama.ac.jp/ ■ 九州産業大学芸術学部https://www.kyusan-u.ac.jp/faculty/geijutsu/ ■ 崇城大学https://www.sojo-u.ac.jp/ ■ 沖縄県立芸術大学https://www.okigei.ac.jp/ ※会期等は変更になる可能性があります。お出かけ前には必ず各公式サイトで最新情報をご確認ください。 【まとめ】「むき出しの熱量と初期衝動」を見に行こう! 卒展の最大の魅力は、完成されたプロの展示にはない、むき出しの熱量と初期衝動にあります。今回の取材で学生たちが語ってくれたように、作品の一つひとつには、悩み、楽しみ、そして全てを懸けた「人生の集大成」としての切実なドラマが息づいています。 未来のアートシーンを担う才能が、まさにここで産声を上げています。その瞬間に立ち会えるのは、今、この場所だけです。ぜひ会場へ足を運び、彼ら・彼女らの全力が放つエネルギーを肌で感じてみてください。運命の一作との出会いが、あなたを待っているかもしれません。   執筆:月刊美術プラス編集部

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