「見たことのない絵肌」を求めて――そらみずほインタビュー
漫画やアニメに親しんだ幼少期から、美学美術史の学び、そして切り絵との再会へ――。そらみずほは、アクリル絵画に切り絵や和紙コラージュを重ねる独自の技法によって、「見たことのない絵肌」を追求してきた作家である。本インタビューでは、創作の原点から北斎との対話、素材探究、制作環境、そして未来への展望に至るまで、その思考と実践を丁寧にひもとく。 人物画への憧れと複合技法の誕生 ――幼少期から現在に至るまで、創作の原点となっている体験について教えてください。 そら 幼少期から漫画やアニメーションに親しんで育ち、自身でも趣味でイラストや漫画を描くことが好きでした。学校の美術の時間も大好きで、ごく自然な流れで油彩やアクリル、水彩などの画材に触れていきました。当時から一貫して、描く対象としても観る対象としても「人物画」に強く惹かれていました。 ――大学での学びは現在の表現にどのような影響を与えましたか。 そら 大学では美学美術史を専攻しました。そこで浮世絵やアール・ヌーヴォー、シュルレアリスムといった多様な表現を学んだことが、現在の「自分はどのような絵を描きたいか」という感性を形作る大きな土台となっています。 ――現在の技法に至るまでの変遷について教えてください。 そら 在学中、近現代の日本人作家の作品に初めて触れ、とりわけ宮田雅之氏や福井利佐氏の切り絵作品に深い感銘を受けました。それをきっかけに、小学6年生の授業で体験した切り絵の記憶が蘇り、油彩やイラストと並行して制作を始めました。当初は技法ごとに分けていましたが、次第にアクリル絵画に切り絵や和紙コラージュを重ねる現在のスタイルへと発展しました。「今まで見たことがない」と感じていただける独自の絵肌で、視覚的な驚きを生み出したいと考えています。 北斎の波と鳳凰に重ねる現代的解釈 ――今回の作品における北斎との関係について教えてください。 そら 今回は北斎の代表作『神奈川沖浪裏』と、私の代表作『残り香』を融合させました。北斎の波が持つ計算された曲線美やダイナミックな構図は非常に魅力的で、『残り香』の帽子の曲線と響き合うと感じました。そこで帽子のデザインに波を想起させる意匠を取り入れ、色彩も北斎を象徴する深い藍色を基調としています。 北斎 神奈川沖浪裏 ――岩松院の《八方睨み鳳凰図》から影響を受けたそうですね。 そら 長野県小布施の岩松院にある大天井絵は、約21畳に及ぶ圧倒的なスケールと迫力を持っています。89歳でこれほどの作品を手がけた北斎の姿に、年齢を重ねてもなお高みを目指したいという希望を感じました。そのオマージュとして、女性の衣服の意匠に鳳凰の要素を取り入れています。 ――実際に現地を訪れて得たものは何でしょうか。 そら 小布施町を訪れ、『北斎の波』と『八方睨み鳳凰図』の実物に触れました。浮世絵の構図の美しさに加え、肉筆画の力強さや色褪せない生命力に強く心を動かされました。若手という枠から離れつつある今、北斎の晩年の姿に触れたことで、年齢を重ねるほど表現は深まるのだという確信と、これからの制作への希望を得ることができました。 葛飾北斎の最晩年の傑作「八方睨み鳳凰図」の天井絵 独学と保存意識が支えるマチエールの探究 ――独自の技法はどのように確立されてきたのでしょうか。 そら 私は大学などで実技としての美術教育を受けていないため、既成の型に縛られず「誰も見たことがない絵肌」を求める探求心から現在の手法に至りました。一方で、作品を長く残すための保存の観点では、支持体の作り方や素材の扱いについて、作家仲間や技術書、動画などを通して後天的に学びながら制作しています。 ――今後挑戦したい素材や技法について教えてください。 そら 現在の手法もまだ完成形だとは考えていません。今後も新しい素材に積極的に触れていきたいと思っており、特にこれまで難易度の高さから避けてきた岩絵具に挑戦したいと考えています。北斎の肉筆画を実際に見たことで、その思いはより強くなりました。 ――最終的に目指している表現とはどのようなものでしょうか。そら さまざまな画材を経験し、それぞれの特性を理解したうえで、「これが自分にとって最も自然である」と心から納得できる手法を確立していきたいです。 長野での制作と「描かない時間」のルール ――現在の制作環境について教えてください。 そら 2019年に神奈川県から故郷の長野県へ拠点を移し、現在は愛猫とともに制作しています。生活コストが抑えられることで、時間的にも精神的にも余裕を持てる点が大きな利点です。また自然に囲まれた環境により、以前は描かなかった風景画にも取り組むようになりました。 ――制作におけるルールや習慣はありますか。 そら 日々のルーティンは特にありませんが、ふたつのルールを設けています。ひとつは「夜に顔を描かないこと」です。疲れによって判断力が鈍るため、最も繊細な顔の表現は避けています。もうひとつは「作品を寝かせること」で、一定期間離れることで客観的な視点を取り戻し、修正点を明確にしています。 ――地方で制作することの課題についてはどう感じていますか。そら 情報や刺激が少ない点はデメリットです。そのため今年は意識的に各地へ足を運び、生の作品や新たな刺激を積極的に取り入れていきたいと考えています。本企画がその一歩を後押ししてくれたことに感謝しています。 無常観から広がる次なる主題と作品の行方 ――今後の制作テーマについて教えてください。 そら これまで主題としてきた美人画に加え、新たな表現にも挑戦したいと考えています。2028年の個展に向けて、西洋の「ヴァニタス」と日本の「誰が袖図」を組み合わせた静物画と、それに関連する人物画を構想しています。 ――ご自身の美意識の核にあるものは何でしょうか。 そら 10代の頃から「すべてのものは移ろいゆく」という無常観に強く惹かれてきました。かつては憧れに過ぎなかったテーマも、今の自分であればより現実味と説得力をもって表現できると感じています。 ――最後に、鑑賞者へメッセージをお願いします。 そら 作品をご覧いただくこと、そして手に取っていただくことは奇跡的なご縁だと感じています。絵画はアトリエで完成するものではなく、手にしてくださった方の日常の中で新たな物語を紡いでいくものだと思っています。そうした存在として作品が寄り添っていくことを、心から願っています。 「オマージュ北斎2」のそらみずほ作品はこちら ↓画像をクリック↓ そらみずほ 残り香 - HOKUSAI - アクリル、パステル、ピグメント、箔、和紙、アートクロス 執筆:月刊美術プラス編集部
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