熱気と才能の発生源へ。2025年度「卒展」完全ガイド【現地取材ルポ付】

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熱気と才能の発生源へ。2025年度「卒展」完全ガイド【現地取材ルポ付】

真冬の風が冷たさを増すこの季節、美大では逆に最も「熱い」シーズンが幕を開けようとしています。それが「卒展(そつてん)」こと、卒業・修了制作展です。 美大生たちが数年間の学生生活の全てを注ぎ込むこのイベントは、単なる「課題発表会」ではありません。そこは、明日のアートシーンを担う才能たちが産声を上げる「デビューの現場」であり、私たち鑑賞者にとっては、まだ見ぬ傑作と出会えるトレジャーハンティングの場でもあります。 今回は、卒展の基本的な楽しみ方から、今年度(2026年早春開催)の見逃せないスケジュール、そして武蔵野美術大学の卒展現場で集めた「学生たちのリアルな声」までを網羅してご紹介します。 そもそも「卒展」とは何か? 「卒展」とは、美術大学・専門学校の最終学年に課される「卒業制作」および大学院の「修了制作」を一堂に展示する展覧会のこと。 多くの学生にとって、これは「学生最後の課題」であると同時に、「作家としての最初の個展(あるいはグループ展)」という意味合いを持ちます。教員による厳しい審査を経て展示される作品群は、絵画、彫刻、デザイン、工芸、建築、映像、メディアアートと多岐にわたり、その規模とエネルギーはプロの美術館企画を凌駕することさえあります。 【現地ルポ】数字と証言で見る「卒展のリアル」~2026.1.18 武蔵野美術大学 鷹の台キャンパス取材記~ 「卒展」の会場には、実際にどのようなドラマがあるのでしょうか。2026年1月18日、卒展会期中の武蔵野美術大学鷹の台キャンパスを訪れ、大学広報担当者と、4名の出展学生にお話を伺いました。そこには、作品の美しさだけでは語れない、切実で濃密な物語がありました。 「カオス」が生む熱気 「うちの場合は展示場所が学科ごとに決まっていないので、デザインと油絵が混じって展示されているなど、いろいろなジャンルが混在しているのが特徴です」 そう語るのは、武蔵野美術大学広報の担当者。日本最大級ともいわれる卒展規模を誇る同学のキャンパスを歩くと、日本画の展示の隣に巨大なインスタレーションがあったりと、予期せぬ出会いが連続します。この「ジャンルレスなカオス」こそが、卒展の醍醐味であり、日本のアートシーンの縮図とも言えます。展示場所がジャンル分けされていない武蔵野美術大学では、特にこのカオスを強く感じました。 自由すぎる「日本画」たち 特に印象的だったのは、伝統的な「日本画」の枠を超えた表現です。 「日本画専攻ですが、デジタル映像と複合させた作品を作りました」と語るのは、学部生の松尾彩花さん。「日本画とは何か?」を問い続け、素材にこだわらず好きな手法で表現する自由さが武蔵野美術大学にはあると言います。 造形学部日本画学科の松尾彩花さん。《想像の絵具》(手前・デジタルアニメーション)、《学び舎》(奥) また、「月刊美術プラス」の特別展「オマージュ琳派~箔と構図と装飾美~」にも出展いただいた大学院生の鎹(かすがい)さやかさんは、校内に根付く独特の気風について「本校には泥臭い精神がある」と語ります。これは、器用にこなすことよりも、作品と実直に向き合い、愚直に手を動かし続けることを尊ぶ「ムサビズム」とも言える姿勢のこと。その言葉通り、彼女自身も蓮の花をテーマにした精神性の高い作品を、朝から晩までアトリエに籠もる猛烈な集中力で完成させました。 大学院美術専攻日本画コースの鎹さやかさん。《迷繊一縷》(左)、《淬火鳳光》(右) 岩絵具や和紙といった画材の定義よりも、固定観念にとらわれず、「何を描きたいか」という魂の在り方が優先される現場の空気が、そこにはありました。 制作費と時間の「投資」 学生たちは、この一瞬のためにどれだけのリソースを投じているのでしょうか。 「制作費は金具も含めて10万ちょっとくらい」と明かしてくれたのは、版画専攻の中村佳伶(rinrin)さん。「快楽脱皮っぴ」をテーマに、版画と愛好するソフビ(ソフトビニール人形)を融合させた異色の展示を展開。「版を彫る行為は、かさぶたを取る快楽に似ている」という言葉には、クリエイターならではのフェティシズムが宿ります。 油絵学科版画専攻の中村佳伶(rinrin)さん。《快楽脱皮っぴ》 油絵専攻の粉川桜雪(こかわ・さゆき)さんも「学内に材料のショップがあるので、自作したキャンバスの費用は抑えられましたが、それでも10万円弱」とのこと。温かみのある「ほっぺた」の表現にこだわり、1ヶ月半毎日大学に通い詰めて描き上げました。 油絵学科油絵専攻の粉川桜雪さん。《ごちそうさまの気持ち》(左)、《きらめきのリズム》(右) 鎹さんのような院生の場合は、そのまま作家への道を進む人の割合も多くなりますが、多くの学部生は美術関連の制作会社やゲーム会社、おもちゃメーカー、デザイナーなどへの就職を決めています。 ただ、「これから院試です」(粉川さん)、「いったん社会に出てから、院に戻るかも」(松尾さん)、「就職して創作活動は趣味として続けるけど、将来的には創作で生計を立てられたらという気持ちもある」(中村さん)など、今後の人生においても「美術」と関わって生きていこうという覚悟が感じられました。 この卒展は、学生時代の「集大成」であると同時に、プロの世界へ羽ばたくための「高価で贅沢な滑走路」なのかもしれません。 広報の担当者はこう締めくくります。 「美術の道を進む方も、離れる方もいますが、ここは皆さんにとっての『やりきった思い出』であり、人生の集大成です」 会場に溢れる熱気は、二度と戻らない青春の輝きそのものでした。 卒展の楽しみ方:2つの視点 卒展の楽しみ方は、大きく分けて「アートファン」としての楽しみ方と、「コレクター(予備軍含む)」としての楽しみ方の2つがあります。 視点A:アートファン・学生として楽しむ ・キャンパスの空気を味わう 多くの卒展は大学のキャンパス内で行われます。歴史あるアトリエ、散乱する画材、そして建築家が設計した美術館級の校舎。それらが醸し出す独特の「美大の空気」を吸い込むだけでも、非日常的な体験になります。美大への進学を希望する高校生にとっては、その学校の雰囲気や校風を知る絶好の機会です。 ・トレンドの萌芽を見つける 学生たちは敏感です。社会問題、テクノロジー、環境、ジェンダーなど、現代社会が抱えるテーマが、若者特有の感性で作品に昇華されています。「いま、何が表現されているか」を見ることは、現代社会の写し鏡を見ることといっても過言ではないでしょう。 視点B:コレクター・購入者として楽しむ 近年、アートマーケットの活況に伴い、卒展は「プライマリー(一次)市場」のさらに手前、「ゼロ次市場」として注目されています。 ・未来の巨匠を探す 村上隆や奈良美智も、かつては無名の美大生でした。卒展は「原石」を自らの目で見つけ出せる唯一の機会です。 ・購入のマナー 多くの卒展では作品販売が行われています。価格は市場価格より抑えられていることが多いですが、値切り交渉などは御法度です。 2025年度 主要美術大学・専門学校 卒展スケジュール(2026年1月〜3月開催分) ※2026年1月21日時点の情報です。最新情報は必ず各校の公式Webサイトをご確認ください。 【東京・関東】 ■ 武蔵野美術大学 今回取材を行った広大な鷹の台キャンパス全体が展示会場に。見応えは随一です。 展覧会名:2025年度 武蔵野美術大学 卒業・修了制作展 会期:①2026年1月16日(金)~18日(日)※終了しました    ②2026年1月30日(金)~2月1日(日)※クリエイティブイノベーション学科、大学院造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコース 会場:①鷹の台キャンパス(東京・小平市)    ②市ヶ谷キャンパス(東京・新宿区市谷田町) URL:https://www.musabi.ac.jp/student_life/event/degree_show/ ■ 東京藝術大学 難関大として知られる美大。上野公園一帯がアートに染まる期間です。 展覧会名:第74回 東京藝術大学 卒業・修了作品展 会期:2026年1月28日(水)~2月1日(日) 会場:東京都美術館、大学美術館、大学構内(東京・上野) URL:https://museum.geidai.ac.jp/exhibit/2026/01/sotsuten25.html ■ 多摩美術大学 学科ごとに日程・会場が異なる場合があるため注意が必要ですが、八王子キャンパスでの展示は圧巻です。 展覧会名:美術学部卒業制作展・大学院修了制作展A日程 会期:2026年1月9日(金)~12日(月・祝)※終了しました 会場:八王子キャンパス(東京・八王子市) URL:https://www.tamabi.ac.jp/news/107262/ 展覧会名:美術学部卒業制作展・大学院修了制作展B日程 会期:2026年3月13日(金)~15日(日) 会場:八王子キャンパス(東京・八王子市) URL:https://www.tamabi.ac.jp/news/107266/ 展覧会名:多摩美術大学博士課程展2026 会期:2026年2月25日(水)~3月8日(日) 会場:八王子キャンパス(東京・八王子市) URL:https://www.tamabi.ac.jp/news/107272/ ■ 東京五美術大学 連合卒業・修了制作展(五美大展) 東京の主要5大学(日芸・武蔵野・多摩・女子美・造形)のファインアート(日本画・油絵・版画・彫刻)が集結。効率よく見比べるならここ。 会期:2026年2月20日(金)~3月1日(日)※2月24日(火)休館 会場:国立新美術館(東京・六本木) URL:https://www.tamabi.ac.jp/news/107269/ ■ 桑沢デザイン研究所 バウハウスの理念を継ぐ、デザイン専門学校の名門。デザインの最前線が見られます。 展覧会名: 桑沢デザイン研究所 卒業生作品展「桑沢2026」 会期:2026年2月27日(金)~3月1日(日) 会場:渋谷校舎(東京・渋谷) URL:https://www.kds.ac.jp/others/kuwasawa2026/ 【関西・中部・その他公立美大】 ■ 京都市立芸術大学 2023年に京都駅近くの新キャンパスへ移転。新校舎での展示に注目が集まります。 展覧会名:2025年度京都市立芸術大学作品展 会期:2026年2月7日(土)〜11日(水・祝) 会場:京都市立芸術大学(京都) URL:https://www.kcua.ac.jp/20260207_sakuhinten/ ■ 金沢美術工芸大学 工芸都市・金沢ならではのレベルの高い工芸作品は必見。 展覧会名:金沢美術工芸大学 卒業・修了制作展2026 会期:2026年2月14日(土)~20日(金)、23日(月・祝)~28日(土) 会場:金沢21世紀美術館 市民ギャラリーほか(石川・金沢市) URL:https://www.kanazawa-bidai.ac.jp/event/44858/ ■ 愛知県立芸術大学 自然豊かな長久手キャンパスでの展示。「木木木(もり)の卒展」として知られます。 展覧会名:令和7年度 愛知県立芸術大学卒業・修了制作展《木木木(もり)の卒展》 会期:2026年2月20日(金)~26日(木) 会場:愛知県立芸術大学キャンパス(愛知・長久手市)、愛知県陶磁美術館(愛知・瀬戸市) URL:https://www.aichi-fam-u.ac.jp/event/002238.html ※以下はその他の主な美術系大学です(順不同)。卒展のスケジュール等の詳細は公式サイトにてご確認ください。 ■ 女子美術大学https://www.joshibi.ac.jp/ ■ 東京造形大学https://www.zokei.ac.jp/ ■ 日本大学芸術学部https://www.art.nihon-u.ac.jp/ ■ 横浜美術大学https://www.yokohama-art.ac.jp/ ■ 名古屋芸術大学https://www.nua.ac.jp/ ■ 名古屋造形大学https://www.nzu.ac.jp/ ■ 東北芸術工科大学https://www.tuad.ac.jp/ ■ 秋田公立芸術大学https://www.akibi.ac.jp/ ■ 京都芸術大学https://www.kyoto-art.ac.jp/ ■ 嵯峨美術大学https://www.kyoto-saga.ac.jp/ ■ 大阪芸術大学https://www.osaka-geidai.ac.jp/ ■ 成安造形大学https://www.seian.ac.jp/ ■ 広島市立大学芸術学部https://www.hiroshima-cu.ac.jp/department/art/ ■ 尾道市立大学芸術文化学部https://www.onomichi-u.ac.jp/arts/art_culture/ ■ 富山大学芸術文化学部https://www.tad.u-toyama.ac.jp/ ■ 九州産業大学芸術学部https://www.kyusan-u.ac.jp/faculty/geijutsu/ ■ 崇城大学https://www.sojo-u.ac.jp/ ■ 沖縄県立芸術大学https://www.okigei.ac.jp/ ※会期等は変更になる可能性があります。お出かけ前には必ず各公式サイトで最新情報をご確認ください。 【まとめ】「むき出しの熱量と初期衝動」を見に行こう! 卒展の最大の魅力は、完成されたプロの展示にはない、むき出しの熱量と初期衝動にあります。今回の取材で学生たちが語ってくれたように、作品の一つひとつには、悩み、楽しみ、そして全てを懸けた「人生の集大成」としての切実なドラマが息づいています。 未来のアートシーンを担う才能が、まさにここで産声を上げています。その瞬間に立ち会えるのは、今、この場所だけです。ぜひ会場へ足を運び、彼ら・彼女らの全力が放つエネルギーを肌で感じてみてください。運命の一作との出会いが、あなたを待っているかもしれません。   執筆:月刊美術プラス編集部

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巻頭特集:「鉛筆画の極み」(月刊美術2月号ハイライト)
月刊美術

巻頭特集:「鉛筆画の極み」(月刊美術2月号ハイライト)

16世紀にイギリスで生まれた鉛筆は、我々にとって最も馴染みのある文具。黒鉛と木材というシンプルな構造は、発明以来ほとんど変わることがない。しかし、その一方で、芯の硬度や濃度の幅は広がり、用途や表現に応じて、進化を遂げてきた。美術の世界では、デッサンやドローイングに用いられる、最もベーシックな画材とされてきた。完成作品に至る前段階──すなわち、タブローの下絵としての役割を担ってきたのだ。しかし、現在は違う。自身の感性をダイレクトに写し出すこの画材を、唯一無二の武器として選び取り、「鉛筆画の極み」とも言うべき表現へと昇華させる画家たちがいるのだ。無限の拡がりを予感させながら、脇役ではなく、自立した絵画へと進化する鉛筆画の世界。30人の仕事と思いから、その多様なる姿を、紹介したい。 ――月刊美術2026年2月号より転載 第四の関節としての鉛筆 建石修志 《角度の測定―星に従え!》 36.4×32.2cm ケント紙ボード、アルキド樹脂絵具、鉛筆 藝大に進学したのは、宇野亞喜良さんや横尾忠則さんといったイラストレーターが、時代の寵児として注目を集めていた頃でした。油画ではなく、あえてデザイン専攻のある工芸科を受験したのは、自分もまた、そうしたクリエイターの一人になりたいと考えていたから。澁澤龍彦の著作を通じて幻想の世界を知ったのも、ちょうどその頃でした。 3年次にはビジュアル・デザインを専攻しましたが、教室でアカデミックな授業を受けるよりも、街に出ていくことに惹かれていました。本や映画、芝居、舞踏など、街そのものが教科書のようで、次々に生まれるカルチャーから直接刺激を受けるほうが、はるかに面白かった時代でした。文藝誌で鉛筆によるイラストレーションの仕事を始めたのも学部生の頃でした。当時はモノクロ印刷が主流だったこともありますが、それ以上に、鉛筆という画材が自分の手に最もしっくりきていたのだと思います。筆で描くことは、感触的に合いませんでしたし、そもそも私の関心は、色よりも、形やイメージに向いていたのです。 本格的に幻想的な作品を描き始めたのは、卒業制作でルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を題材にしてからです。澁澤・種村季弘両氏の書物を読み返しながらイメージを膨らませていきました。同じ頃、中井英夫さんの連載小説の挿画を手がけたこともきっかけとなり、以後、幻想系の仕事が中心になっていきました。 その後、小田急百貨店で開催されたウィーン幻想派展に触れたことをきっかけに混合技法を学び、色彩を用いた作品にも取り組むようになります。有色の下地に白でハッチングを施すこの技法を受け入れられたのは、その線を鉛筆の線の延長として捉えることができたからでした。 赤や青といった鮮やかな色はありませんが、鉛筆の「色」はとても重要です。やわらかい鉛筆で描いた上に硬めの鉛筆を重ねることで、中間のトーンや微妙な調子が生まれます。塗っても擦っても自由ですが、私はあくまで線を重ねて像を立ち上げていきます。鉛筆という画材は、手の延長、あるいは第四の関節のような存在であり、イメージを広げていくうえで、最も確実な方法なのです。(談) ●作家プロフィール1949年東京都生まれ。72年東京藝術大学美術学部工芸科ビジュアルデザイン専攻卒業。《凍結するアリスたちの日々に》に始まる鉛筆による作品、《標本箱の少年》に始まる油彩・テンペラの混合技法による作品、箱によるオブジェ、コラージュの作品制作と並行して、中井英夫、久世光彦、皆川博子など幻想文学の挿画、書籍の装丁は400冊を数える。『凍結するアリスたちの日々に』『leaf/poetry-紙片の狭間に』などの画集、『鉛筆で描く』などの技法書、ほかに『月』『幸福の王子』『不思議・鏡の国のアリス』などの絵本の仕事も多数手がける。 ●使用する鉛筆STAEDTLER Mars Lumograph 10H~12BMITSU-BISHI Hi-uni 10H ~10B 色鉛筆で描く「黒」の世界 寺崎百合子 《Grand Palais》 54.0×76.4cm 紙に色鉛筆 1993年 鉛筆といっても使うのは色鉛筆です。色鉛筆を画材とする理由は、それが子どものときからの宝物だったからです。高校の卒業祝いに貰った72色のステッドラーをいまだに大事にしています。 黒い絵を描き始めたのは、絵描きを志した頃に魅了されていた映画も写真もモノトーンの作品だったからでした。それがいまだに続いているというだけの理由です。学生時代に描いていた油絵の、鮮やかな色彩を大きなキャンバスに自由に描く喜びをよく覚えているので、早く色彩の世界に戻りたいと思いつつ、黒の世界で描くべきものをまだ描き終えていないので、やむなく黒い色鉛筆で描き続けている次第です。 最初72色だった色鉛筆は次第に増えて、今では恐らく1000色を超えているはずです。せっかく自分の手元に集まってくれた鉛筆たちを使ってあげなくてはなりません。もうしばらくは色鉛筆で描くことになるだろうと思っています。(寺崎) ●作家プロフィール1952年東京都生まれ。74年米国ハワイ州立大学芸術学部卒業。88年米国ニューヨーク滞在(Asian Cultural Council奨学金取得 ~89年)。95年個展「階段」ギャラリー小柳(銀座)。98年英国オックスフォード滞在(文化庁芸術家在外研修員として、New College,Oxfordを拠点に図書館を取材 ~99年)。2004年個展「BOOKS」ギャラリー小柳。『英国オックスフォードで学ぶということ』刊行(講談社)。07年「線の迷宮II―鉛筆と黒鉛の旋律」目黒区美術館。13年「YurikoTerazaki - drawings, Dmitry Badiarovviolins」Badiarov Violins(デン・ハーグ、オランダ)。24年個展「Every step we take,each story we unfold 時を数えて」ギャラリー小柳。 ●使用する鉛筆FABER-CASTELL Polychromos #199STAEDTLER Mars Lumochrom 104-9MITSU-BISHI HARD 7700 ●余白ノヲト黒色鉛筆は柔らかいものと硬いものを併用しています。硬い鉛筆はSTAEDTLER Lumochromの暖かい黒色が大好きだったのですが、廃盤とされてしまいました。仕方なく三菱の硬質色鉛筆を使っていたのですが、それも製造が中止になってしまいました。世の中から硬い色鉛筆というものが無くなっていくようです。「そろそろ黒一色の絵を卒業せよ」と言われているのかも知れません。 SNSから登場した鉛筆画家 大森浩平 《UNTITLED '17》 52×52cm ケント紙に鉛筆 2017年 SNSから登場した大森浩平さんは、現在31歳。独学で絵を描き続けながら、自身の表現を発信することで注目を集めてきた。しかし、評価や反響が広がる一方で、その歩みは決して平坦なものではなかった。制作が進むほどに生まれた新たな悩みは、やがて彼を一度、制作の現場から遠ざけることに。 迷いや葛藤を抱えながらも、なぜ彼は再び鉛筆を手に取ったのか。SNSを起点としたこれまでの軌跡、制作の実際、そして画家が抱く理想と挑戦について話を聞いた。 ――SNSに鉛筆画を投稿するようになった経緯を教えてください。大森 幼い頃から絵を描くのは好きでしたが、高校、大学とうまく通えなくなってしまいました。デッサンは得意でデザイン系の大学にも入学しましたが、毎日通い、多くの課題を同時にこなすことがどうしてもできなかったんです。〈ひとつのことを完璧にやりたい〉のに、すべてをほどほどに進めることが自分には難しかった。そこで、自分にできることは何かと考え、思い浮かんだのがSNSへの作品投稿でした。 ――最初の投稿について教えてください。大森 二十歳の頃、ツイッター(現・X)に投稿し始めました。最初は知人が見る程度でしたが、2017年にボルトとナットを描いた作品を、姉が「ちょっと狂気を感じる」というコメント付きで知らぬ間に投稿し、それが一気に拡散しました。それが広く知られるようになったきっかけです。 ――反響による変化はありましたか。大森 企業から仕事の依頼が来たり、YouTubeの再生数が伸びたりはしましたが、自分を絵描きだとは思えていませんでした。そう意識できるようになったのは、初個展を開いた一昨年頃からです。 ――制作を休止していた時期もありました。大森 完成した作品の保管が過剰に気になるようになり、置き場所や額装の細部まで不安になってしまったんです。作品が増えるほど心配も増え、「もうやめようか」と思いました。そんなとき、瀬戸内市立美術館の岸本員臣館長が作品管理を申し出てくださり、不安が消えて制作に戻れました。 ――実際の制作について教えてください。大森 まず写真を準備するところから制作が始まります。構図や光の当たり方、影の落ち方に至るまで、細部に徹底してこだわります。描くのは右手なので、手が画面に触れて汚れないよう、左上から右下へと描き下ろしていきます。時間はかなりかかりますが、右下に到達した時点で完成。後戻りすることはありません。完成させながら、少しずつ範囲を広げていく感じです。 ――理想の表現とは?大森 鉛筆は色を使わない分、質感に集中できると思いますし、特に金属の重さや冷たさ、手触りを伝えるには最適です。難しい表現に挑むことで、人の手仕事の限界に挑戦し続けたい。アナログでどこまでできるのか、その挑戦に今もやりがいを感じています。 ●作家プロフィール2025年1994年岡山県生まれ。2016年岡山県立大学デザイン学部中退。17年spiral take art collection 2017 蒐集衆商(スパイラルガーデン・南青山)。19年超絶の世界展(瀬戸内市立美術館・岡山)。24年鉛筆画 大森浩平展(瀬戸内市立美術館)。大森浩平原画展(秋田オーパ)。大森浩平 鉛筆画展(福山天満屋・広島)。25年鉛筆画 大森浩平展(長島美術館・鹿児島) ●使用する鉛筆MITSU-BISHI uni H ~ 4B(Fを除く6種) 月刊美術 2026年2月号の購入はこちらから

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令和の神 新作展 GOD OF REIWA
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令和の神 新作展 GOD OF REIWA

2月にそごう広島店で開催される「令和の神」展は、そうした日本的な神観を、現代の視点からあらためて見つめ直す試みだ。本展には、千住博、手塚雄二、西田俊英といった現代日本画を代表する作家をはじめ、岩田壮平、加来万周、瀧下和之、野地美樹子など独自の表現で注目を集める画家、さらに川﨑麻央、岩谷晃太、玉井伸弥、丁子紅子といった新世代の精鋭たちが名を連ねる。

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『月刊美術』2月号見どころチェック~巻頭特集「鉛筆画の極み」ほか
月刊美術

『月刊美術』2月号見どころチェック~巻頭特集「鉛筆画の極み」ほか

2月号の巻頭特集は「鉛筆画の極み」。タブローの下絵としての役割を担ってきた鉛筆画だが、現在は自立した絵画へと進化しています。自身の感性をダイレクトに写し出すこの画材を、唯一無二の武器として選び取り、「鉛筆画の極み」とも言うべき表現へと昇華させる画家30人を編集部が厳選。アーティストたちの仕事と思いから、その多様なる姿を、紹介します。そのほか、好評の連載企画、足を運びたくなる展覧会レビューなど、充実のアート情報が凝縮された一冊。その見どころをギュッとご紹介します。 月刊美術2月号見どころハイライト 巻頭特集:色彩を凌駕するモノクロームの美鉛筆画の極み~編集部厳選の30作家、一挙紹介! >>パイオニアは語る木下晋/篠田教夫/建石修志 >>探究者たちの仕事寺崎百合子/鈴木和道/河内良介/天久高広/南正彦/秋山泉/佐藤裕一郎/勝正光/古賀充/滑川道広 >>挑戦者たちの思い土田圭介/三宅玄朗/吉岡由美子/見崎彰広/小川香織/渡邊光也/森天飛/松尾奈保/安冨洋貴/江副拓郎/岡本実佳枝/杉藤由佳/板倉文香/山田さやか/前川香桜里 >>コラム 多様化する鉛筆画の世界 >>頒布コーナー掲載作家による誌上展覧会 アートトピックス郷さくら美術館で押元一敏さんと染谷香理さんが二人展現代美術の登竜門、Idemitsu Art Award 2025 授賞式開催井下紗希さんが万世橋JAPAN ART BRIDGEで公開制作展 描き下ろし・好評連載村上裕二 先人画家の「術」をたずねて柴田亜美の 「浮世の氣楽絵」齋藤将のくものまにまに土屋禮一の画壇、ちょっといい話土方明司「知りたい! 美のヒミツ」(ゲスト:西房浩二)アトリエ寫眞(安原優、撮影:山下武)わがまま絵画点評—深見東州の世界 今月のこの作家・この作品美術新人賞デビュー2025準グランプリ 中村龍二 中村文俊 団体展レビュー第118回 日展 注目コンテンツ月刊美術プラス特別展「オマージュ琳派 箔と構図と装飾美」開催中 2月号はこんな読者のみなさんにおすすめです ・鉛筆画のアーティストを深く知りたい方・特集で紹介したアーティストの鉛筆画を購入したい方・主要展覧会の予習復習を短時間で押さえたい方 月刊美術 2025年2月号 発売中 購入はこちらから  

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「いい流れ」を絵に託して――直海かおりインタビュー
holy waterインタビュー日本画琳派琳派アーティスト直海かおり菊のつゆ霄を凌ぐ

「いい流れ」を絵に託して――直海かおりインタビュー

金箔の眩しさに負けないノウゼンカズラ、水の流れに溶け込む菊、古いグラスから溢れ出す“holy water”。日本画家・直海かおりさんの新作3点には、琳派への憧憬とともに「水」や「流れ」をめぐる一貫した感覚が息づいています。中高生の頃から教科書の尾形光琳・俵屋宗達に「かっこいい」「気持ちがいい」と惹かれてきたという直海さんは、いま改めて“私淑”という琳派の精神をどう受け止め、どんな距離感で自作へと落とし込んでいるのでしょうか。制作の原点から新作の背景、そして作品に込めた願いまでを伺いました。 原風景と絵との出会い ――まず、幼い頃のことから教えてください。絵を描くことは身近な存在でしたか。 直海 はい。実家が魚屋で、家に帰っても誰かに構ってもらえる環境ではなかったので、自然と一人で絵を描いて過ごしていました。裏が白い広告のチラシを探してきて、ボールペンでずっと描いていましたね。手塚治虫さんの漫画が大好きで、その影響も大きかったと思います。 ――中学・高校時代も、描き続けていたのでしょうか。 直海 そうですね。授業中もノートにずっと絵を描いていて、家に帰っても夜通し描いてしまうので、気付いたら外が明るくなっていることも多かったです。でも、周囲の人たちがとても理解のある方ばかりで、大学の付属校に通っていましたが、美術のために外部受験をすると決めたときも、「一番後ろの席で受験勉強をしていいよ」と言ってくれました。 油彩から日本画へ——惹かれた質感 ――最初から日本画志望だったわけではないのですね。 直海 はい。子どもの頃から通っていた絵画教室では、油彩を教わっていました。ただ、高校生の頃に美術館で日本画を見たとき、「マットなのにキラキラしている」という質感にすごく惹かれたんです。 ――日本画絵具への憧れもありましたか。 直海 ありました。近所の画材店に、日本画絵具が瓶に入って並んでいるのを見て、「きれいだな、使ってみたいな」と思っていたんですが、使い方がわからなかったんです。それが、美術館で実際の作品を見たことで、「これだ」と腑に落ちました。 ――進学先として京都市立芸術大学を選ばれた理由は? 直海 好きな日本画家さんの略歴を調べると、京都市立芸術大学出身の方が多くて。「じゃあ、私もここに行きたい」と思ったのがきっかけです。もともと植物を描くことが好きで、抽象的な表現に振れた時期もありましたが、植物はずっと制作の根っこにあります。 自宅近くの白峯神宮。このような神社仏閣をはじめ、日本固有の文化財に囲まれて育った影響は大きいという 琳派との距離感と「私淑」 ――琳派との出会いについても教えてください。 直海 中学・高校の頃、美術の教科書や歴史の美術に関する部分が大好きで、光琳や宗達の図版を見ては「かっこいいな」「気持ちがいい絵だな」と思っていました。当時は、それが琳派だと強く意識していたわけではないんですけど、今振り返ると、影響は確実にあったと思います。 ――特に惹かれている絵師はいらっしゃいますか。 直海 やはり宗達ですね。「元祖」だと思っていますし、誰も超えられない存在だと感じています。人物像も含めて謎が多くて、いつかあちらの世界で会って話をしてみたい人です。光琳や尾形乾山、鈴木其一も好きですが、やはり宗達は特別です。 ――琳派の装飾性については、どのように捉えていますか。 直海 頭で考えてしまうと、違う方向に行ってしまう気がしていて。なので、意識的に「琳派的にしよう」と考えることはあまりありません。感覚的に「気持ちがいいかどうか」を大事にしています。 新作3点に込めた「水」と「流れ」 ――今回の新作は3点とも印象的ですが、共通するテーマはありますか。 直海 「水」や「流れ」ですね。自分の中では、すべてそこにつながっています。 ――《霄(そら)を凌ぐ》について教えてください。 直海 ノウゼンカズラを描いた作品です。沖縄の八重山諸島で初めて見たとき、真夏の強い日差しの中でもどんどん伸びていく姿に圧倒されました。コロナ禍と制作時期が重なったこともあり、花々が助け合いながら空へ伸びていく姿に、人とのつながりを重ねていました。 《霄を凌ぐ》※作品ページはこちら ――《菊のつゆ》は、また違った雰囲気ですね。 直海 菊と水の関係性から発想しました。菊の露は、不老不死の水として語られることもありますよね。菊を主役として大きく描くというより、水の流れの中に菊が溶け込むような構成にしたいと思いました。 《菊のつゆ》※作品ページはこちら ――《holy water》についてはいかがでしょう。 直海 ニューヨークのグッゲンハイム美術館で見た古いグラスがきっかけです。そこから水が溢れ出すイメージが一気に広がりました。朝顔は後から添えたモチーフで、描きたかったのは「器から溢れ出すもの」、つまり時間や人の思いのようなものがあふれ出すイメージがあったんだと思います。 《holy water》※作品ページはこちら 箔の使い分けと、作品が目指す場所 ――箔の使い分けも印象的でした。 直海 《霄を凌ぐ》では、真夏の太陽を表したくて、全面に金箔を貼りました。そこに負けない花を描きたかったんです。《菊のつゆ》では金泥を使って、光がさらさら流れる感じを意識しました。《holy water》はプラチナと銀で、霧がかかったような、控えめなきらめきにしています。 ――作品を通して、大切にしていることは何でしょうか。 直海 「いい流れに乗る」ことです。ネガティブな感情は、作品には絶対に入れたくありません。自分の気持ちが上向いているときにしか描かないと決めています。その流れが、作品を手にした方にも伝わればいいなと思っています。 ――制作前のルーティンがあれば教えてください。 直海 ヒバやヒノキなど、木の香りの精油やお香などを焚いて、好きな飲み物を用意して、ピアノ曲をかけます。気持ちを整えることが、制作の第一歩ですね。 ――今後、挑戦してみたいことは? 直海 風景と人物、そして絹本です。人物は、やはり子供が生まれてからもっと描きたいと思うようになったのですが、まだ思うように描けません。だからこそ挑戦したいと思っています。 また、今後取り組みたいことのひとつとして、生活に必要なもののデザインや絵柄を描くことにも、積極的にチャレンジしていきたいと考えています。琳派の作家たちが手がけた扇や団扇、蒔絵のためのデザインには、今もなお心を打つ素晴らしい作品が数多く残されています。 私自身、扇の絵を描くことにはこれまでも何度も取り組んでおり、大好きな仕事のひとつです。これからは扇に限らず、“用の美”に関わる様々な仕事にも携わっていきたいと思っています。 ――最後に、読者へのメッセージをお願いします。 直海 私の作品を見て、少しでも心が穏やかになったり、和んだりしてもらえたら嬉しいです。怒りやネガティブな感情を、うまく流すきっかけになれたらと思っています。 ――ありがとうございました。 京都にある古い日本画材店「彩雲堂」。毎年春には直海さんの桜の絵が店先に飾られるとのこと 執筆:月刊美術プラス編集部

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「琳派と向き合って見えてきたもの」――八木恵子インタビュー
インタビュー八木恵子日本画琳派琳派アーティスト金色波図

「琳派と向き合って見えてきたもの」――八木恵子インタビュー

琳派を自身の作風として標榜してきたわけではない。しかし、今回「琳派」をテーマとする特集への参加をきっかけに、八木恵子さんはあらためてその装飾性や、「私淑」という自由な制作のあり方に強く惹かれていったといいます。金箔や波文様と向き合いながら、先人の表現をなぞるのではなく、現代を生きる一人の日本画家として琳派をどう受け止め、どう更新したのか。制作の背景から月刊美術プラスの特別展「オマージュ琳派」で展示・販売をしている作品《金色波図》に込めた思考、そして今後の展望まで語ってもらいました。 原風景と日本画への入り口 ――佐賀県でお生まれとのことですが、幼い頃から絵を描くことはお好きだったのでしょうか。 八木 特別に「画家になりたい」と思っていたわけではないのですが、幼い頃から何かを作ることが好きでした。描くことはもちろん、折り紙や粘土、編み物など、とにかく手を動かしていないと落ち着かないタイプだったと思います。 絵を描くことがはっきりと「楽しい」と感じたのは、幼稚園の頃です。理由はもう覚えていないのですが、「描くって、こんなに楽しいんだ」と強く感じた感覚だけは、いまでも記憶に残っています。 ――その気持ちが、自然と現在につながっていったのですね。 八木 そうですね。中学の頃には漠然と「絵を描くことに関わる道に進みたい」と思っていました。ただ、成績自体は勉強のほうが良かったこともあって、担任の先生からは進学校を勧められ、美術科のある高校への進学を希望した際はかなり反対されました。 そんな中で県の絵画コンクールで特選をいただいたことがあって、それをきっかけに先生の態度が一変したんです。「絵が上手いのね」と言ってもらえたことは、今振り返っても印象深い出来事ですね。 ――高校では芸術科に進まれ、日本画と出会った。 八木 はい。佐賀北高校の芸術科で日本画を学びました。筑波大学の日本画領域に進学し、和紙や岩絵具、金箔などの素材を本格的に学んだとき、「これが自分に一番しっくりくる」と感じました。 ――一方で、大学卒業後は一度制作から離れています。 八木 就職を機に、絵を描くことからは少し距離を置きました。ただ、子どもが生まれたときに、「自分のやりたいことをやっている背中を見せたい」と思ったんです。そこから、もう一度絵を描き始めました。 ちょうどそのタイミングで「月刊美術」の美術新人賞デビュー展に出品し、準グランプリをいただいたことで、作家として活動していく道が開けました。 美術新人賞デビュー展準グランプリ作品《夜はしんとして》 琳派との再会、そして「私淑」という考え方 ――準グランプリ受賞後、心境の変化はありましたか。 八木 よく周囲の人からは「趣味があっていいね」などと言われていたのですが(笑)、絵に向き合う姿勢自体は、受賞前から「趣味ではない」という意識でした。ただ、作品を購入していただく立場になってからは、責任を大きく感じるようになりました。 経年劣化や素材の安定性など、「手元を離れた後」のことまで考えて制作しなければならない。大学時代の先生に相談しながら、できる限りのことを積み重ねています。 ――琳派を意識し始めたのは、いつ頃でしょうか。 八木 存在自体は高校時代から知っていて、特に尾形光琳の金箔を大胆に使った装飾性には惹かれていました。ただ、普段の制作で常に琳派を意識していたわけではありません。 今回、琳派特集のお声がけをいただいたのをきっかけに、改めて調べ直し、「私淑」というあり方に強く共感しました。 特定の師に弟子入りするのではなく、先人の作品を見て学び、自分なりに更新していく。その自由さが、とても現代的だと感じました。 私自身も、特定の師に長く師事してきたわけではなく、その都度、必要な人に話を聞きながら制作してきました。そういう意味では、私も「私淑」の延長線上にいるのかもしれないと思っています。 ――八木さんが感じる、琳派の魅力とはなんでしょうか。 八木 単なる装飾性ではなく、デザインとしての完成度の高さです。それが時代や様式を超えて、いまも有効であり続けている点に惹かれました。大胆な省略、空間の使い方、色数を絞った構成――どれも、現代の視点で見ても非常に洗練されていると感じます。 《金色波図》と技法の挑戦 ――月刊美術プラスへの出品作《金色波図》について教えてください。 《金色波図》※作品ページはこちら 八木 琳派といえば波のモチーフが象徴的ですが、今回は蒔絵のデザインも参考にしました。盛り上げ胡粉を使用して線としての波を自分なりに再構成し、その上から金箔を貼っています。 結果的に、見る角度によって光の反射が変わり、波の表情が揺らぐような画面になりました。ただ、凹凸が高すぎても低すぎてもダメで、その調節は難しかったですね。 ――金と墨の対比も印象的です。 八木 人物を書くことが多いのですが、色数を絞ることで、日常的なリアリティから少し距離を置いた存在を描きたいと思っています。生々しさを抑え、俯瞰的に世界を見るような感覚を大切にしています。 過去作品《鈴を転がす》。《金色波図》同様、装飾的なデザインを取り入れている 現在の環境と今後の活動について ――現在は静岡県菊川市にお住まいとのことですが、その土地が制作に何か影響を与えていると感じることはありますでしょうか。 八木 家の前に茶畑が広がる環境で、緑に囲まれた生活をしています。佐賀も自然はありましたが、静岡は山や木が多く、日常的に自然を強く感じます。無意識のうちに、色彩感覚に影響していると思います。 自宅裏山から見えるお茶畑 ――制作前のルーティンについて教えてください。 八木 制作前に5〜10分ほど瞑想をしています。お香を焚き、窓を開けて鳥の声を聞きながら、日常の頭から制作の頭へ切り替えます。描き始めると音楽を流しますが、集中してくるとほとんど耳に入らなくなりますね。 ――2026年10月末から11月頃に個展を予定されていますが、何か構想や企画はありますでしょうか。 八木 はい。これまでの自分を示しつつ、「進化している」と感じてもらえる展示にしたいと思っています。今回取り組んだ琳派的な要素も、今後の作品に積極的に取り入れていく予定です。 ――最後に、月刊美術プラス読者へメッセージをお願いします。 八木 私の作品を通して、言葉にならない何かを感じ取ってもらえたら嬉しいです。理屈ではなく、感覚的に響くものを持ち帰っていただけたらと思っています。 《金色波図》下図制作中の様子 執筆:月刊美術プラス編集部

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「煌びやかな金箔は永遠の美、変化する銀箔は無常への優しさ」――鎹さやかインタビュー
インタビュー刻冠花寿耀日本画琳派琳派アーティスト祈流鎹さやか

「煌びやかな金箔は永遠の美、変化する銀箔は無常への優しさ」――鎹さやかインタビュー

銀箔を焼き、黒く変色させる――。日本画家・鎹(かすがい)さやかさんの画面には、渋く沈んだ銀の“痕跡”と、花々の瑞々しい色彩が同居しています。そのコントラストが誘うのは、単なる装飾の華やかさではなく、傷や劣化さえ抱きしめながら生きていく人の時間、そして誰かに向けた静かな祈りです。銀箔硫化(焼き)という偶然性の強い技法に、なぜ「成長の痛み」を重ねるのか。琳派に惹かれる理由、そして出品作《祈流》《刻冠花》《寿耀》に込めた言葉を、鎹さん自身の声でたどります。 日本画との出会いと素材への関心 ――まず、幼い頃のことから教えてください。どんな子どもでしたか。 鎹 よく「おとなしそう」と言われるのですが、実際はかなり活発で、山を駆け回るような子どもでした。自然の中で過ごす時間がとても多くて、美術館に行くよりも、まず外で遊ぶことのほうが身近でした。 ――絵を描き始めたのは、いつ頃だったのでしょうか。 鎹 特別なきっかけがあったというより、幼稚園の頃にはもう自然に描いていました。植物をつぶして色を出したり、紙の上で色遊びをしたり。何かを写すというより、自然に触れる延長として描いていた感覚です。 ――進路として日本画を選ばれた理由を教えてください。 鎹 最初は版画にも興味がありました。ただ、進学説明会で日本画の画材の話を聞いたときに、鉱物からできた絵具や和紙、墨など、「この国の文化に根付いた素材」の美しさに強く惹かれたんです。もっと深く知りたいと思いました。 ――日本画材は魅力的である一方、扱いが難しい印象もあります。 鎹 そうですね。技法が豊かだからこそ、画面の面白さに引っ張られてしまう危うさも感じていました。だから常に、「自分は何を描きたいのか」「日本の美術はどんな精神性から生まれてきたのか」を問い続けてきたと思います。 田園の風景。このような身の回りの自然が美術に対する原体験と語る 劣化や傷を肯定するということ ――作品に花が多く登場しますが、鎹さんにとって花とはどんな存在でしょうか。 鎹 学部時代は、母が育てていた花を描くことが多かったです。花を通して、母との関係や、現実の中にある矛盾や感情を見つめていた気がします。最初はどうしても装飾的な華やかさに引っ張られがちでした。 ――そこから、表現が変化していったのですね。 鎹 はい。「色にとらわれる必要があるのだろうか」と考えるようになって、花を装飾ではなく、もっと精神的なものとして捉えたいと思うようになりました。その過程で、内面に沈んでいく表現と、花の持つ華やかさ、その二つをどうやってつなぐかを考えていました。 ――その答えのひとつが、銀箔硫化だったのでしょうか。 鎹 そうですね。銀箔を焼いて変色させるという行為が、自然と自分の中でつながりました。見た目がかっこいいから使う、ということはしたくなくて、「意味が見つかったときにだけ使う」と決めていました。 ――銀箔硫化という技法には、どんな意味を重ねていますか。 鎹 銀箔を焼くという行為は、劣化や傷を生み出す行為だと思っています。それを、人が成長していく過程の痛みに重ねています。生きていれば、誰もが傷や罪、秘密のようなものを抱えていく。その姿も、懸命に生きているからこそ美しいと感じています。 ――技法としての偶然性については、どう考えていますか。 鎹 完全にコントロールしようとはしていません。温度や湿度などの条件で表情が変わりますし、偶然性のほうが大きい。だからこそ、和紙や墨、銀箔といった「痕跡が残りやすい素材」が、どこで落ち着くのかを探していく感覚です。 ――思いどおりにならなかった場合も? 鎹 あります。でも、あとから墨を入れてみたら、「そのほうが良かった」と思えることも多いです。なので、銀箔の硫化が上手くいかなくても、そのあとの仕上げは、絵が落ち着く場所を探すプロセスだと思っています。 琳派への共感と作品に込めた祈り ――琳派については、どのような点に惹かれていますか。 鎹 装飾の華やかさだけではなくて、思いやりの精神を内包しているのだと思っています。本阿弥光悦や俵屋宗達、尾形光琳の流水紋などを見ていると、吉兆の感覚や、人と人とを自然を通してつなぐ優しさを感じます。 ――今回の出品作《祈流》《刻冠花》《寿耀》についても教えてください。《祈流》に添えた言葉「この手からあなたに届きますように」が印象的でした。 鎹 「この手」は鑑賞者の手でもあり、自分自身の手でもあります。人生には、自分の力ではどうにもならず、祈るしかない瞬間がある。その祈りが「あなた」に向かって届いてほしい、という思いです。 《祈流》※作品ページはこちら ――《刻冠花》《寿耀》についてはいかがでしょう。 鎹 《刻冠花》では、特定の誰かではなく、いろいろな人の心の中にあるものが花として輝いてほしい、という願いを込めました。《寿耀》は菊をモチーフに、「あなたに福寿を」という祈りを重ねています。 金箔ではなく銀箔を選んだのは、変わらない輝きよりも、時間とともに変化していくことの美しさを大切にしたかったからです。もし変色したとしても、その変化と一緒に歳を重ねていけたらいいな、と思っています。 《刻冠花》※作品ページはこちら 《寿耀》※作品ページはこちら 詩的な言葉が生まれる場所、そしてこれから ――こうした詩的なタイトルや、作品世界の言葉は、普段どのような瞬間に生まれるのでしょうか。 鎹 制作中というよりも、制作がひと段落したあとや、ふと一人になったときに浮かんでくることが多いです。作品を前にして、改めて向き合いながら、「この絵は何を抱えているんだろう」「自分は何を願って描いていたんだろう」と考える中で、少しずつ言葉が立ち上がってきます。 すぐに見つかることはほとんどなくて、毎晩考え続けて、一か月以上かかることもあります。タイトルや言葉が決まったときに、ようやく作品がひとつの場所に落ち着く感覚があります。 ――大学院での制作も含め、今年は作家として大きな節目の年でもあります。今後、挑戦してみたいテーマについて教えてください。 鎹 学部時代は、正直なところ「救われたい」という気持ちが強かったと思います。自分の内側を掘り下げることで精一杯でした。でも最近は、自然や人、生命あるものすべてに対する優しさや、寄り添う気持ちを、もう少し広い視点で描いていきたいと考えています。 今回の《寿耀》のように、誰かの幸せや長寿を願う作品もあれば、自分自身の内面と静かに向き合う作品も、どちらも大切にしていきたいですね。その時々で、自分が向き合うべきテーマを丁寧に掬い取っていけたらと思っています。 ――鎹さんにとって、「祈り」や「願い」を込めて絵を描くことは、どのような意味を持っているのでしょうか。 鎹 自分にとっては、ひとつの救いでもあり、希望でもあります。人生の中では、自分の力だけではどうにもならないことがたくさんありますよね。そういうとき、祈るしかない瞬間が確かにあって。 絵を描くことで、その祈りを形にして外へ手渡すことができる。誰かのためでもあり、自分自身のためでもある行為だと思っています。だからこそ、祈りや願いを込めることは、制作の中でとても大切な位置を占めています。 ――最後に、今回の「月刊美術プラス」琳派特集で、初めて鎹さんの作品に出会う読者へメッセージをお願いします。 鎹 焼き箔の表情や移ろいは、どうしても写真では伝わりきらない部分があります。ぜひ実物を、いろいろな角度や光の中で見ていただけたら嬉しいです。 朝や夕方の光の違いはもちろん、部屋に飾った絵をどの場所に座って見るかによっても見え方が変わってくるので、作品と一緒に過ごす時間を楽しんでもらえたらと思います。作品を通して、少しでも心が静まったり、穏やかな気持ちになったりしてもらえたら、それ以上のことはありません。 ――ありがとうございました。 修了作品を制作中の様子 執筆:月刊美術プラス編集部

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知らないようで実は身近な美のDNA!「琳派」を知るキーワード3+1
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知らないようで実は身近な美のDNA!「琳派」を知るキーワード3+1

「“琳派(りんぱ)”という言葉や、“俵屋宗達”、“尾形光琳”などの人名は、歴史や美術の授業で習っただけでよく分からない」――そう思っている方も多いかもしれません。しかし、実は琳派の影響は、私たちの生活のすぐそば、時には驚くほど意外なところに色濃く残っています。 たとえば、今あなたのお財布に入っている1円玉を思い浮かべてみてください。そこに描かれた、若々しく伸びやかな木の枝。特定のモデルはないとされるあのデザインですが、極限まで無駄を削ぎ落としたフォルム、空間の切り取り方には、琳派が数百年かけて磨き上げたデザインの真髄が凝縮されています。 琳派は、日常に潜む「美のDNA」なのです。教科書の中の死んだ知識ではなく、現代の私たちの感性を今も刺激し続ける装飾芸術、琳派。その魅力を紐解くための、3つの装飾的キーワードと、1つの不思議な継承の物語をご紹介しましょう。 キーワード1:デフォルメ ―― 「らしさ」を象徴化する勇気 装飾芸術としての琳派の最大の特徴が、大胆な「デフォルメ(省略と強調)」です。 代表的な作品、尾形光琳の『燕子花図屏風(かきつばたずびょうぶ)』を見てみましょう。そこに描かれているのは、植物学的な精密さではありません。あるのは、鮮烈な青と緑が作り出す、リズム感あふれるフォルムだけです。 尾形光琳『燕子花図屏風』 Ogata Kōrin, Public domain, via Wikimedia Commons これは、現実をありのままに写す「写生」とは対極にある考え方です。対象の最も美しいエッセンスだけを抜き出し、誰もが直感的に「カキツバタだ」と認識できる記号へと昇華させる。この手法は、現代の企業ロゴやスマートフォンのアプリ画面に並ぶアイコンのデザイン思想そのものです。 私たちが複雑な情報を整理し、一目でそれとわかるデザインを「心地よい」と感じる感性のルーツは、すでに江戸時代の琳派によって完成されていたのです。 キーワード2:金(ゴールド) ―― 「光」をコントロールする装置 琳派といえば、まばゆいばかりの金箔が思い浮かびます。しかし、装飾芸術としての金は、単なる成金的な誇示ではありません。それは、空間の光をデザインするための高度な装置でした。 俵屋宗達の『風神雷神図屏風』に代表される金屏風は、かつての薄暗い日本の家屋において、外からのわずかな光を反射し、部屋全体を柔らかく照らし出す間接照明の役割を果たしていました。金箔は背景でありながら、同時に空間の空気をデザインし、そこに立つ人物や調度品を美しく浮かび上がらせるための光の演出だったのです。 俵屋宗達『風神雷神図屏風』 俵屋宗達 (Tawaraya Sotatsu) (1570-1643), Public domain, via Wikimedia Commons 現代でも、高級ホテルの内装や化粧品のパッケージにおいて、ゴールドが品格や奥行きを感じさせるのは、光を操り、空間の質を変えてしまうこの装飾効果を私たちが本能的に知っているからに他なりません。 キーワード3:繰り返し ―― 世界を包み込むパターンの魔法 三つ目の装飾的な柱が、同じモチーフをリズミカルに配置する「リピート(繰り返し)」の美学です。 琳派の絵師たちは、一点の絵画として完結する美しさだけでなく、それをどこまでも繋げていける「文様(パターン)」として捉える目を持っていました。 光琳が『紅白梅図屏風』で描く流水紋や、神坂雪佳(かみさかせっか)が描く図案は、着物の柄、扇子、お菓子の包装紙、さらには壁紙など、あらゆる立体物に展開可能です。この繰り返しの美は、ルイ・ヴィトンのモノグラムに代表されるように、現代のテキスタイルデザインの基礎となっています。 尾形光琳『紅白梅図屏風』 Ogata Kōrin, Public domain, via Wikimedia Commons 琳派が、単なる絵画の流派ではなく、生活をトータルでプロデュースするデザイン・プロジェクトであったことがよくわかります。 +1のキーワード:私淑(ししゅく) ―― 100年越しの「推し活」 ここまで挙げた3つの装飾的特徴を、400年もの間繋いできたのが、独自の継承スタイルである「私淑」です。 実は「琳派」という呼び名は、1972年に東京国立博物館で開催された特別展を機に普及した、比較的新しい言葉です。江戸時代の人々が「自分は琳派だ」と自覚していたわけではありません。 驚くべきことに、琳派には通常の流派のような師匠から弟子への直接的な指導がほとんどありませんでした。 尾形光琳は、100年前の俵屋宗達に憧れてその作風を独学でコピーし、さらに100年後には江戸の酒井抱一が、光琳の作品を収集し、その命日を祝うことで勝手に弟子入りしました。 「会ったこともないけれど、このセンスが大好きだ。この美学を未来に繋げたい」 そんな純粋なリスペクト――現代でいうところの「推し活」のような情熱だけで、400年もの間、センスのバトンが渡されてきたのです。 まとめ:400年目の美の連鎖 1円玉のデザイン、私たちが日常で手にするロゴやパッケージ、空間演出など、琳派の装飾の哲学は今も日常の中に生きています。 琳派とは、時空を超えてクリエイターたちが共鳴し合い、磨き上げてきた「日本人の美意識のOS(基本ソフト)」のようなものです。 美術館で、あるいは街角のデザインの中に琳派の面影を見つけたとき、ぜひ思い出してみてください。それは400年前の天才たちが生み出し、私たちが知らず知らずのうちに受け継いできた、もっとも身近で、かつ生活を豊かにする「美の連鎖」なのです。 執筆:月刊美術プラス編集部

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放蕩の果てに才能を開花させた“琳派の旗手”・尾形光琳
オマージュ琳派ヤバい絵定家菜穂子尾形光琳

放蕩の果てに才能を開花させた“琳派の旗手”・尾形光琳

京都の名門呉服商「雁金屋」に生まれ、江戸での挫折を経て自らの芸術を確立した光琳は、「琳派」の礎を築きました。華やかさと侘び寂び、遊びと内省が共存するその人生と作品の軌跡をたどります。 『ヤバい絵 狂気と創造―死ぬまでに観るべき日本の名画』(実業之日本社・2024・定家菜穂子 著)より一部抜粋・再構成してご紹介します。

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「イチオシ作家2026」から5人のアーティストをピックアップ
月刊美術

「イチオシ作家2026」から5人のアーティストをピックアップ

『月刊美術』2026年1月号の巻頭特集「画廊が推す注目株が勢ぞろい~イチオシ作家2026」を再編集し、5人のアーティストをフィーチャーしました。新鋭作家カテゴリーから寺野葉と高資婷、日本画カテゴリーから加藤千奈、洋画カテゴリーから今井喬裕と片桐剛。作品や画廊のコメントと併せて、お楽しみください。

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