知らないようで実は身近な美のDNA!「琳派」を知るキーワード3+1
「“琳派(りんぱ)”という言葉や、“俵屋宗達”、“尾形光琳”などの人名は、歴史や美術の授業で習っただけでよく分からない」――そう思っている方も多いかもしれません。しかし、実は琳派の影響は、私たちの生活のすぐそば、時には驚くほど意外なところに色濃く残っています。 たとえば、今あなたのお財布に入っている1円玉を思い浮かべてみてください。そこに描かれた、若々しく伸びやかな木の枝。特定のモデルはないとされるあのデザインですが、極限まで無駄を削ぎ落としたフォルム、空間の切り取り方には、琳派が数百年かけて磨き上げたデザインの真髄が凝縮されています。 琳派は、日常に潜む「美のDNA」なのです。教科書の中の死んだ知識ではなく、現代の私たちの感性を今も刺激し続ける装飾芸術、琳派。その魅力を紐解くための、3つの装飾的キーワードと、1つの不思議な継承の物語をご紹介しましょう。 キーワード1:デフォルメ ―― 「らしさ」を象徴化する勇気 装飾芸術としての琳派の最大の特徴が、大胆な「デフォルメ(省略と強調)」です。 代表的な作品、尾形光琳の『燕子花図屏風(かきつばたずびょうぶ)』を見てみましょう。そこに描かれているのは、植物学的な精密さではありません。あるのは、鮮烈な青と緑が作り出す、リズム感あふれるフォルムだけです。 尾形光琳『燕子花図屏風』 Ogata Kōrin, Public domain, via Wikimedia Commons これは、現実をありのままに写す「写生」とは対極にある考え方です。対象の最も美しいエッセンスだけを抜き出し、誰もが直感的に「カキツバタだ」と認識できる記号へと昇華させる。この手法は、現代の企業ロゴやスマートフォンのアプリ画面に並ぶアイコンのデザイン思想そのものです。 私たちが複雑な情報を整理し、一目でそれとわかるデザインを「心地よい」と感じる感性のルーツは、すでに江戸時代の琳派によって完成されていたのです。 キーワード2:金(ゴールド) ―― 「光」をコントロールする装置 琳派といえば、まばゆいばかりの金箔が思い浮かびます。しかし、装飾芸術としての金は、単なる成金的な誇示ではありません。それは、空間の光をデザインするための高度な装置でした。 俵屋宗達の『風神雷神図屏風』に代表される金屏風は、かつての薄暗い日本の家屋において、外からのわずかな光を反射し、部屋全体を柔らかく照らし出す間接照明の役割を果たしていました。金箔は背景でありながら、同時に空間の空気をデザインし、そこに立つ人物や調度品を美しく浮かび上がらせるための光の演出だったのです。 俵屋宗達『風神雷神図屏風』 俵屋宗達 (Tawaraya Sotatsu) (1570-1643), Public domain, via Wikimedia Commons 現代でも、高級ホテルの内装や化粧品のパッケージにおいて、ゴールドが品格や奥行きを感じさせるのは、光を操り、空間の質を変えてしまうこの装飾効果を私たちが本能的に知っているからに他なりません。 キーワード3:繰り返し ―― 世界を包み込むパターンの魔法 三つ目の装飾的な柱が、同じモチーフをリズミカルに配置する「リピート(繰り返し)」の美学です。 琳派の絵師たちは、一点の絵画として完結する美しさだけでなく、それをどこまでも繋げていける「文様(パターン)」として捉える目を持っていました。 光琳が『紅白梅図屏風』で描く流水紋や、神坂雪佳(かみさかせっか)が描く図案は、着物の柄、扇子、お菓子の包装紙、さらには壁紙など、あらゆる立体物に展開可能です。この繰り返しの美は、ルイ・ヴィトンのモノグラムに代表されるように、現代のテキスタイルデザインの基礎となっています。 尾形光琳『紅白梅図屏風』 Ogata Kōrin, Public domain, via Wikimedia Commons 琳派が、単なる絵画の流派ではなく、生活をトータルでプロデュースするデザイン・プロジェクトであったことがよくわかります。 +1のキーワード:私淑(ししゅく) ―― 100年越しの「推し活」 ここまで挙げた3つの装飾的特徴を、400年もの間繋いできたのが、独自の継承スタイルである「私淑」です。 実は「琳派」という呼び名は、1972年に東京国立博物館で開催された特別展を機に普及した、比較的新しい言葉です。江戸時代の人々が「自分は琳派だ」と自覚していたわけではありません。 驚くべきことに、琳派には通常の流派のような師匠から弟子への直接的な指導がほとんどありませんでした。 尾形光琳は、100年前の俵屋宗達に憧れてその作風を独学でコピーし、さらに100年後には江戸の酒井抱一が、光琳の作品を収集し、その命日を祝うことで勝手に弟子入りしました。 「会ったこともないけれど、このセンスが大好きだ。この美学を未来に繋げたい」 そんな純粋なリスペクト――現代でいうところの「推し活」のような情熱だけで、400年もの間、センスのバトンが渡されてきたのです。 まとめ:400年目の美の連鎖 1円玉のデザイン、私たちが日常で手にするロゴやパッケージ、空間演出など、琳派の装飾の哲学は今も日常の中に生きています。 琳派とは、時空を超えてクリエイターたちが共鳴し合い、磨き上げてきた「日本人の美意識のOS(基本ソフト)」のようなものです。 美術館で、あるいは街角のデザインの中に琳派の面影を見つけたとき、ぜひ思い出してみてください。それは400年前の天才たちが生み出し、私たちが知らず知らずのうちに受け継いできた、もっとも身近で、かつ生活を豊かにする「美の連鎖」なのです。 執筆:月刊美術プラス編集部
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