「夏を巡り、時を描く」──符琳インタビュー

「夏を巡り、時を描く」──符琳インタビュー

富山大学で日本画を学び、その後東京藝術大学大学院へ進み文化財保存学を修了した符琳(フウ・リン)さん。中国から日本へと渡り、古典絵画の研究と自身の創作活動を並行しながら、「時間の流れ」や「物事の変化」をテーマに制作を続けています。

今回「月刊美術プラス」に寄せられた作品『巡夏』『流転』は、いずれも金沢駅近くの風景をモチーフに、季節と時間の循環を描いたもの。

その背景にある思考や、日本画との出会い、創作への思いについて話を伺いました。

 

来日して日本画と出会う

──「美術新人賞デビュー2024」の準グランプリを受賞されてからこれまで、制作や生活面で何か変化はありましたか?

符琳 受賞は、私にとって新しいスタートでした。自分の作品をより多くの人に知ってもらうきっかけになり、制作へのいい刺激になりました。

──中国から日本に来られたのは高校入学の時だそうですね。美術との出会いはどんなものでしたか?

符琳 小さい頃から落書きのように人や植物は描いていたのですが、小学校4年生の頃から絵画教室に通い始めました。当時は水墨画を描く先生に教わっていました。中学生になると、美大に行きたいという思いが芽生え、デッサンや「速く描く練習」をしていました。高校2年まで中国で過ごし、父の仕事の都合で石川県に来てからは美術専攻のある小松市立高校に入学しました。

──そこで油絵を学ばれたとか。日本画に出会ったのはその頃ですか?

符琳 はい。石川県立美術館や金沢21世紀美術館で院展や日展の巡回展示がよく行われていたのですが、そこで日本画を見たのがきっかけです。岩絵具の持つ独特の質感に惹かれ、「この素材で描いてみたい」と強く思いました。ただ当時は油絵のコースに在籍していたので、大学進学で日本画を学ぼうと決め、高校3年時に画塾に通い、デッサンや水彩を学びました。

──富山大学で日本画を学んだ後、東京藝術大学大学院では文化財保存学を専攻されています。なぜ保存修復の道へ?

符琳 受験の準備で大学のことを調べているときに保存修復という分野を知り、「昔の作品を守る人がいる」ということに感動したんです。しかし、保存修復は修士課程からでしたので、まずは日本画を基礎から学ぼうと思い、富山大学に進みました。その後、修士から東京藝大の保存修復専攻へと進みました。古典絵画を研究する中で、伝統的な制作工程と現代の日本画の違いを強く感じました。

──どんな違いに気づかれたのですか?

符琳 現代の日本画は、パネルに和紙を貼ってから描くのが一般的ですが、古典では先に紙に描いて、完成後に掛軸や屏風に仕立てます。描く順序も意識もまったく違う。そこから、作品の“生かし方”や“仕立て”に興味を持つようになり、最近は古典に近い技法を試しています。紙の風合いを残すことも意識するようになりました。

──古典研究がご自身の作品に影響を与えているのですね。

符琳 そうですね。伝統の形式を尊重しつつ、自分なりに現代的な解釈を重ねるようにしています。例えば、最近の連作では古典の構図を引用しながら、現代の風景や時間の流れを同じ画面に描くなど、時間の“重なり”を意識しています。

──作品のテーマとして、「時間の移ろい」や「物事の変化」をよく挙げられていますね。

符琳 はい。その時々の環境や印象に残った風景から発想することが多いです。富山大にいた頃はよく富山大の風景を描いていました。私の作品には、自分が立っていた時間と場所の“気配”が残っていると思います。写真は一瞬を切り取りますが、絵は複数の時間を一つの場面に重ねられる。だから、記憶や感情を一枚の中に溶け込ませたいんです。

『巡夏』『流転』に込めた思い

──今回「月刊美術プラス」に寄せていただいた『巡夏』『流転』も、まさに時間の移り変わりを描いた作品ですね。

符琳 どちらも金沢駅のホーム近くの“蓮”をモチーフにしています。『巡夏』は近景、『流転』は少し離れた視点からの遠景です。同じ場所でも、見る角度や距離が違うとまったく違う世界に見える。その対比を描きたいと思いました。

──タイトルの『巡夏』と『流転』にはどんな意味を込められましたか?

符琳 私はタイトルを2文字の漢字にすることが多いです。短い言葉にコアの意味を込め、見る人に余白を残したい。『巡夏』は“夏を巡る”という意味で、時間が回る感覚を込めています。『流転』は“生々流転”の言葉から取り、変化そのものを表しました。二つを並べると、季節がめぐり、やがてまた変わっていく流れが感じられると思います。

──実際に並べて見ると、一つの大きな絵のように見えるという話もありました。

符琳 そうなんです。『巡夏』は近くの蓮やトンボを中心に、『流転』はその背景の空気を含めて描いています。二枚を並べると、一続きの風景になります。私はよく、複数の作品を“つなげて見える”ように構成するんです。一枚で完結させず、隣の作品との関係性で世界が広がるようにしたいと思っています。

流転

巡夏

──制作を終えたあと、どんな心境の変化がありましたか?

符琳 描き終えるといつも達成感と少しの空虚さが同時に来ます(笑)。でも最近は、作品を見てくださる方の反応が励みになります。石川県のカフェで展示したとき、お客様が「見ていて癒やされる」と言ってくださったんです。その言葉がとても嬉しくて、“作品が誰かの時間を少し穏やかにできるんだ”と感じました。

──以前、「伝わらないのは自分を閉じ込めて描いていたから」と語っていらっしゃいました。

符琳 はい。学生時代は「正しい描き方」を意識しすぎていました。でも同世代の作家たちと交流する中で、「絵に正解はない」と気づいたんです。今は技法に縛られず、素材の質感や偶然のにじみを生かした表現を探しています。最近は紙の風合いを活かすために、生紙を使うなど、新しい試みもしています。

──現在金沢にお住まいですが、金沢や北陸地方は、符琳さんにとってどのような街なのでしょうか。

符琳 私はよく植物を描くのですが、石川県内は植物が多く、四季の移り変わりでもいろいろな植物が見られるので、自分の描きたい素材がたくさんあります。また、環境も静かで、制作するうえでも落ち着ける場所だと思っています。あと、私の好きな日本画家の長谷川等伯も石川県出身で、先日も七尾美術館に『松林図屏風』を見に行ってきました。3回目ですが(笑)。

──最後に、「月刊美術プラス」の読者・ユーザーのみなさんへのメッセージをお願いします。

符琳 難しく考えずに、まず“気軽に見てみる”ことから始めてほしいです。私の作品が、見た人の心を少し落ち着かせたり、疲れた気持ちを和らげたりできたら嬉しいですね。作品の中に描かれたトンボや花の一部を見つけて、「こんなところにいたんだ」と感じてもらえるような、小さな発見を楽しんでもらえたらと思います。

──ありがとうございました。

符琳さんのアトリエ
制作風景

 

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