いま敢えて狙う! 近・現代の物故作家:インタビュー 永井龍之介(永井画廊代表取締役)
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日本の近代洋画には、まだ十分に光が当たっていない名画や作家が数多く存在します。そうした“埋もれた才能”の再評価に長年取り組んできたのが、銀座の老舗・永井画廊です。代表取締役の永井龍之介さんは、「美術史とは発見の歴史である」と語ります。高島野十郎や牧野邦夫、牧野義雄など、再評価のきっかけとなった画家たちのエピソードをはじめ、現代アートとの違いや、これから注目すべき作家の傾向についてもお話しいただきました。
――月刊美術2025年11月号特集「いま敢えて狙う!! 近・現代の物故作家[洋画編]巨匠銘柄から昭和の優品まで」より転載。
インタビュー 永井龍之介(永井画廊代表取締役)
日本の近代洋画において、
いまだ十分に光が当てられていない画家たちが数多く存在する。
その再評価の動きを牽引してきたのが永井画廊だ。
今回は永井画廊の永井龍之介氏に、
「再評価」の意味と美術商の役割について話を聞いた。
再評価とは画家を新たな光で照らし、情報を広めること
物故と現存関係なく、美術史は「発見の歴史」
――そもそも「洋画家を再評価する」とは、どういう意味なのでしょうか。
永井 私が特別に独自のことをしているわけじゃないのです。美術史そのものが「発見の歴史」なんですよ。忘れられていた作家を再び光の下に出すこと、それ自体が美術史の営みの一部だと思っています。
よくプライマリーとセカンダリーという言い方がありますよね。まだ誰も知らない作家を世に出すのがプライマリーで、既に流通しているものを扱うのがセカンダリーだと。しかし、私はそうは思いません。たとえ市場に流通している作品であっても、そこに画商の目線から「新たな価値づけ」を行えば、それは立派なプライマリーです。
だから物故か現存か、若いか年配かは全然関係ない。新人発掘もやりますし、知られていない実力者を世に紹介することもします。それが画商の仕事です。
――「新人」発掘にも力を入れていらっしゃいますね。
永井 たとえば修復の仕事を長年やってきた鈴木淳也さん。しっかりとした技術がありますが、これまで一度も個展をしていなかったので、「遅れてきた大型新人」として、今回うちで初めての個展を開催しました。
「公募日本の絵画」というコンクールを主催するのも、誰も知らない作家を発掘したいという思いからです。
すでに発表している人は、誰かが見出しているわけです。そこに乗っかるのではなく、誰も知らないところに眠っている才能を見つけたい。
鑑定団がきっかけになった高島野十郎と牧野義雄
――具体的に「再評価」に火がついたケースを教えていただけますか。
永井 典型的なのは高島野十郎(1890~1975)と牧野義雄(1870~1956)ですね。両方とも私が鑑定士として出演していた「開運!なんでも鑑定団」(テレビ東京)がきっかけでした。高島は以前から気になっていました。驚くほどしっかりした写実を描いているのに、オークションでは意外に安かったですね。ちょうど鑑定団で取り上げられた直後に大きな展覧会が続き、福岡や三鷹、柏などゆかりの地で紹介されると、一気に注目が集まりました。依頼人から作品を売りたいという相談が来て、柏にはまだ多くの所蔵者がいることもわかりました。牧野義雄もイギリスで活動した画家として名前だけは知っていたのですが、番組に登場したときに「これはすごい」と。
当画廊では、2009年に「『鑑定団』が発掘した画家展─牧野義雄・高島野十郎─」を開催して、さらなる評価に努めました。高島はその後価格も上昇し、「蝋燭」シリーズなど1000万、2000万円で取引されるようになっていきます。
情報量が評価を左右する
――物故になってからの評価が本当の評価かもしれません。
永井 本当にそうです。例えば大きな団体に属している画家は、展覧会や各種媒体で情報が広がる。でも一人で活動する画家は、情報に限界があり、生前は知名度が上がらず、評価も値段も上がらない。
牧野邦夫(1925~86)がその典型です。当画廊では没後度々個展を開催。2011年に「没後25年牧野邦夫展─初期作から絶筆まで─」と題する個展で大きな反響を得ました。現在、京都の美術館「えき」KYOTOでは生誕100年の記念展が開催され、いまでは孤高の画家として認知されています。
亡くなってから美術館が取り上げ、研究が進むと「こんな作家がいたんだ」とみんなが気づく。そこで初めて本当の評価が始まるのです。だから私は「物故になってからが本当の勝負」だと思っています。
――評価が広がるには、美術館や画商の役割が大きいですね。
永井 美術館が学術的に取り上げることはもちろん大切です。でも、まず光を当てるのは画商の役割です。これからの時代は展覧会だけでなく、SNSやYouTubeを使えば記録が残り、発信を続けられる。いかに情報を広げるかが重要です。
地方で美術教師をしながらひっそり描いている人や、公募展に突然応募してくる無名の人の中に、再評価に値する作家は必ずいるはずです。
「作品数」が入手の安心感を与える
――どんな作家が再評価されやすいとお考えですか。
永井 内容も大事ですが、作品数ですね。一点、二点では市場が動かない。ある程度まとまった数があってこそ、評価が始まったときに「入手できる」という安心感が広がり、コレクターが集まります。
独学で独自の世界を築いた画家や孤高を貫いた画家は面白いですが、やはり数があってこそ次の段階に進める。現存作家なら肩書きや発表歴が「情報」になりますが、物故作家はむしろ「流行に流されず独自に絵と向き合っていた」という事実にこそ光を当てる意味があり、そこから丹念に作品の意義を発見していくことが鍵になります。
――現代アートとの比較では、どんな違いを感じていますか。
永井 現代アートはグローバル市場でのゲームです。村上隆や草間彌生は「わかりやすさ」があるから海外で受け入れられる。でも私は、グローバルに乗らなくても、日本に根ざした作家をきちんと発掘して評価していきたいと思っています。湿度を感じさせる絵、土地に根ざした絵こそが再評価に値する。
これから再評価されるのは誰か
――最後に、これから再評価される可能性のあるジャンルや作家について教えてください。
永井 まだ全く知られていない人たち、あるいは美術として認知されていないムーブメントでしょうね。たとえば現代書。私は
最近、書と戦後の抽象絵画との関係に注目しています。
いま展覧会の準備を進めている横尾龍彦(1928~2015)は、キリスト教の素養のうえに、禅や日本的な感性を背景に書や水墨、ヨーロッパのアンフォルメルに呼応した抽象表現をしている。生前から熱狂的ファンはいましたが、これから非常に面白いと思っています。
要は、日本的な根っこを持ちながら世界と響き合う表現をしていた人たち。高島野十郎や牧野義雄、牧野邦夫もそうです。これからも、そういう無名の作家が現存と物故の違いなく、地方の片隅や街のどこかで見つかるはずだと思っています。
ながい・りゅうのすけ
1956年東京生まれ。79年立教大学経済学部卒、永井画廊代表取締役。2016年までTV東京系列「開運!なんでも鑑定団」のレギュラー鑑定士。12年からは「公募-日本の絵画-」を主催、隔年で実施している。美術品査定評価業務や講演会でも活躍。監修に『世界でいちばん素敵な西洋美術の教室』(三才ブックス)、『名画の中の恋人たち』(池田書店)など。YouTube「アート探求サロンニューシーズン」配信中
永井画廊
東京都中央区銀座8-6-25 河北新報ビル 5F
tel.03(5545)5160
1971年創業。19世紀以後の西欧絵画、明治期以後の日本画、洋画など多数扱う。田中一村、不染鉄など埋もれた作家の企画展を開催、発掘、発信に努める。2012年から隔年でコンクール「公募 日本の絵画」を開催、次代を担う作家を世に問い続ける。
─没後10 年─ 横尾龍彦展
11月11日(火)~25日(火)日曜休廊 10:00~18:00 (最終日~ 16:00)
※ 11/15(土) 15:00~16:00 トーク・水沢勉氏(美術評論家・前神奈川県立近代美術館館長)、司会・永井龍之介 (定員30名、事前申込制)
写真提供:永井画廊