「猫は切なさのアイコン」生と死をフラットに見つめるまなざし――原田ちあきインタビュー

「猫は切なさのアイコン」生と死をフラットに見つめるまなざし――原田ちあきインタビュー

イラストレーター・漫画家として活動しながら、自らを「よい子のための悪口メーカー」と名乗る原田ちあきさん。人間のマイナスな感情や痛みを、どこかカラフルでユーモラスに描き出す作風で知られています。今回「月刊美術プラス」の「猫の特別展」に出展した新作『大親友は今もここに』では、猫と金魚の関係を通じて“生と死の淡い境目”をやわらかく見つめています。猫を“切なさのアイコン”と呼ぶ原田さんに、その作品の背景と創作の源について聞きました。

“よい子のための悪口メーカー”が生まれるまで

――幼少期から絵を描くのは好きだったそうですね。

原田 はい、絵を描くことは小さい頃から大好きでした。ただ、家の雰囲気としてはあまり「絵を描くのを応援される」という感じではなくて。漫画っぽい絵を描くと怒られちゃうような家庭でしたね。中学の美術の先生が亡くなられたときに、「そういえば美術の高校があるって言っていたな」と思い出して見学に行ったら、とても面白そうで。軽い気持ちで美術系の高校に進みました。

――しかし在学中は演劇部に所属されていたとか。

原田 そうなんです。入学初日に他の生徒のデッサンを見て、「この人たちは本当にすごい」と圧倒されてしまって(笑)。自分には才能がないなと思い、美術から少し距離を置いて、演劇部で3年間を過ごしました。卒業後はお笑い芸人を目指したんですが、うまくいかず挫折して。その後フリーターをしていたときに、高校時代の友人から展示に誘われたのが今の活動のきっかけです。

――原田さんの肩書き「よい子のための悪口メーカー」という言葉は強烈ですね。

原田 これは友人がつけてくれたんです。展示を始めた頃、ただ「イラストレーター」や「漫画家」と名乗るよりも、自分たちなりのキャッチコピーが欲しくて。「なんか怒っている仏像の名前(不動明王?)+よい子のための悪口メーカー 原田ちあき」みたいな長い案から、今の形に落ち着きました。響きが気に入って、ずっと使い続けています。ひとつの職業に縛られず、何でもやってみたいという思いも込めています。

ドロドロした感情をカラフルに描く

――“ドロドロカラフル”という言葉で作風を説明されています。

原田 「ドロドロ」は、嫌な気持ちを抱えていた時期にTwitter(現・X)で自分の感情をセリフ付きイラストにして投稿したことがきっかけでした。思いのほか多くの共感をいただいて、「負の感情を描くことにも意味がある」と気づいたんです。「カラフル」は、Web連載を始めたとき、編集の方に「フルカラーにして」と言われたことがきっかけで(笑)。どう塗っていいかわからず、全コマを違う色で塗ってみたら、意外としっくりきた。それ以来、ドロドロした感情をカラフルに包むような描き方を意識するようになりました。

“ドロドロ”のきっかけとなった1枚

――人間の“負の感情”を描く理由は?

原田 嫌な気持ちを表現したら、思った以上に多くの人から「わかる」と言ってもらえました。それが自分にとって救いになったんです。みんな、うまく隠しているだけで、心の奥に同じような感情を持っているんだと気づけた。それ以来、「誰もが抱える“嫌な気持ち”」を描くことが、自分の作品の根っこになりました。

――影響を受けた作家として、楳図かずお、荒木飛呂彦、吉田戦車、サルバドール・ダリを挙げておられますね。

原田 どの方も“自由な表現”を貫いていますよね。非現実的なのに、どこか現実に近い。シュールリアリズム的な構造や、抜け感のある表現に惹かれます。特に吉田戦車先生のギャグ漫画の「なんでこの登場人物がカワウソなの? なんでカワウソと河童が友達なの?」みたいなズレの感覚がすごく好きなんです。前述した人たちのインタビュー記事なども読みましたし、絵柄だけでなく、精神性の部分でも大きく影響を受けていると思います。

“猫”が教えてくれる生と死の境界線

――今回の「猫の特別展」では、作品《大親友は今もここに》を出展されています。

原田 猫は私にとってすごく特別な存在なんです。創作活動を続けるきっかけも猫でした。派遣の仕事を辞めて、友人の飼い猫の世話をしながら1ヶ月その家に泊まり込んだことがあって。その期間に自分の個展を開いたんです。売れ行きも良くて、「この貯金が尽きたらまたコールセンターの派遣に戻ろう」と思っていたのに、まだ派遣に戻らずに済んでいます(笑)。猫は創作を助けてくれる“神様”のような存在です。

《大親友は今もここに》※作品ページはこちら

――作品のタイトルにはどんな思いを込めましたか。

原田 動物と人間の関係って、人間の側が“かわいそう”と見てしまうことが多いですよね。でもそれって、どこか"おごり"でもあると思うんです。猫や金魚も、自分の環境の中でちゃんと喜びを見つけて生きている。《大親友は今もここに》では、死んでしまった金魚(=大親友)と猫の関係を描いています。猫は「死」を特別視せず、ただそこにあるものとして受け入れている。その姿を通して、生と死の境界をフラットに描きたかったんです。

――作品コメントに「身体を失った後は案外、水も空気も関係なく好きなものと触れ合える世界になるのかもしれません」とありました。

原田 小さい頃から“死ぬのが怖い”という気持ちが強くて。でもペットを通じて、少しずつ考え方が変わりました。死は“生の延長線上”にあるんじゃないか、と。体を離れても、好きなものと自由に触れ合える世界があったらいいな。そう思うと、死を少しだけやさしく想像できるんです。

――“猫は切なさのアイコン”という言葉が印象的でした。

原田 猫って、気まぐれに見えて実はすごく人の心に敏感なんです。ピリピリしていると近づいてきてくれたり、そっと寄り添ってくれたり。そういう姿を見ていると、“切なさ”を体現しているように思えて。悲しみも、優しさも、全部そのまま抱きしめてくれる存在です。

ホラーもユーモアも、人の心を描きたい

――最後に、今後挑戦してみたい表現について教えてください。

原田 ホラー的な要素には前から興味があって。もともとホラー映画が大好きなんです。最近は子育てのエッセイ漫画も描いているので、怖さやユーモア、人間らしさを混ぜながら、どんなジャンルでも“人の感情”を描いていけたらと思っています。

――読者へのメッセージをお願いします。

原田 猫はいいぞ(笑)。猫は、本当にメンタルにいい存在です。猫なしの人生は考えられないくらい(笑)。そして、作品を見てくださる方々には心から感謝しています。少しでも「この絵、なんか気になるな」と思ってもらえたら、それが一番うれしいです。

――ありがとうございました。

制作作業はだいたいダイニングテーブルで行っているという

原田さんの愛猫
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