溝口まりあ
ARTIST

溝口まりあ Mizoguchi Maria

作家略歴:Mizoguchi Maria
1992年 東京都生まれ
2017年 女子美術大学大学院博士前期課程日本画研究領域修了

〈主な受賞歴〉
2017年『第1回日春展』入選(同第2回)、『改組 新第4回美術展覧会「日展」』入選など
2020年『PEACE WINE PROJECT』サンマリノ共和国国営ワイナリー“ピースワイン”ラベル登用

〈展示〉
2019年 個展 伊勢丹新宿店本館
2022年 個展 銀座三越
2024年 個展 阪神梅田本店
2025年 個展 伊勢丹浦和店他

ステートメント
私が日本画に描くのは、一度見たら忘れられない、強烈な個性を放つ猫たちです。
作品のテーマは「感情」です。
人には「心」があり、心が動くと、まず「感情」が現れてきます。この感情を「愛すべきひねくれ猫」たちを通して表現したいと思っています。
人間の近くにいながら、自由な感覚を忘れない猫たちの姿は、とてもエネルギーに溢れています。それはあなたの「心」本来の姿でもあります。
ですから、私の作品に触れたとき、懐かしさを感じたり、いつの間にか作品と対話をしていることに気づかれた方も少なくありません。
素材や技法にこだわり、千年先まで残る作品を目標に制作をしております。

ART COLUMN

溝口まりあ 記事一覧

「誇り高き心――猫が私に教えてくれたこと」――溝口まりあインタビュー
インタビュー 溝口まりあ 特別展

「誇り高き心――猫が私に教えてくれたこと」――溝口まりあインタビュー

鮮烈な色彩と、一度見たら忘れられない表情豊かな猫たちを描く日本画家・溝口まりあさん。伝統的な岩絵具や金箔を用いながら、高級車「フェラーリ」の顔料を取り入れるなど、独自の技法で現代の「猫画」を追求する。出品作3点に込められた制作秘話や、意外すぎる画材へのこだわり、そして猫たちへの深い愛情について、たっぷりと語っていただきました。 「レオナルドまりあ」と呼ばれた少女と、運命の「猫」 ――今回の特別展「猫・ネコ・CAT」で、溝口さんの描く猫たちの表情の豊かさに心を掴まれました。溝口さんご自身、昔から猫がお好きだったのですか? 溝口 はい、猫以外にも幼い頃から生き物が大好きで、犬、ウサギ、ニワトリ、ザリガニ、ハムスター、カブトムシ……本当にいろいろな動物と暮らしてきました。その中でも、中学1年生のときに初めて飼った「リュー」という猫との出会いが決定的でした。彼はなかなかの曲者で(笑)、決して己を曲げない、誇り高い猫だったんです。 リュー 私の人生のターニングポイントにはいつも猫がいて、大学院2年生の頃に現在の作風――猫をモチーフにした作品を描き始めたきっかけも、そのリューちゃんでした。現在は、5歳の「雷電(らいでん)くん」と、3歳の「金時(きんとき)くん」という2匹の猫と一緒に暮らしています。彼らは私の作品の大切なモデルでもあります。――やはり身近な猫たちがモデルなんですね。溝口さんは、いつ頃から日本画家を目指されたのでしょう? 溝口 画家になろうと決めたのは小学4年生の頃です。幼稚園の年少の頃からアトリエ教室に通っていたのですが、毎回スケッチブックを1冊使い切ってしまうほど描くのが大好きで。先生からは「レオナルド・ダ・ヴィンチ」にかけて「レオナルドまりあ」なんてあだ名をつけられていました(笑)。 日本画の道に進むと決めたのは高校2年生のときです。展覧会で伊藤若冲の『群鶏図(ぐんけいず)』の実物を見る機会があったのですが、あまりの迫力と色彩の美しさに衝撃を受けて、涙が止まらなくなってしまって……。「私もこんなふうに、時代を超えて後世に感動を伝えられる作品を描きたい」と強く思い、日本画を専攻しました。 伝統的な技法と新しいアイデアの融合 ――今回出品いただいた3点の作品は、どれも猫たちが生き生きとしていて、まるで人間のような感情を感じさせます。 溝口 今回の3点に共通するテーマは「堂々と己を貫く、誇り高い心」です。猫って、こちらが「大好きだよ!」と愛情を伝えても、「はいはい、そこ置いといて」みたいな感じで、自分のペースを絶対に崩さないんですよね(笑)。その素直で嘘のない感情表現は、人間が心の奥底に持っている感情と共通するものがあると思うんです。私は猫の姿を借りて、そんな「感情」そのものを描きたいと思っています。 ――1点目の作品《美しき月に捧ぐ》は、夜空の下で猫が気持ちよさそうに歌い上げている姿が印象的です。 《美しき月に捧ぐ》※作品ページはこちら 溝口 これはオペラをイメージして制作しました。特にビゼーの『カルメン』とイタリアのカンツォーネ『オー・ソレ・ミオ』からインスピレーションを受けています。猫にとっての太陽は「月」なんじゃないかと思い、美しい月を讃えて高らかに歌う、堂々とした姿を描きました。モデルは「ブリティッシュショートヘア」という、がっしりとした体型の猫です。 ――背景の夜空の「青」と、月の「金」のコントラストが本当に美しいですね。この深みのある青は、日本画ならではの色なのでしょうか。 溝口 はい。背景の青は主に2種類の岩絵具を使っています。月の周りの明るい部分は粒子の細かい「瑠璃色の岩絵具」を、下の暗い層には粒子が大きめの「緑がかった群青色の岩絵具」を使用しました。さらに、グラデーションを深めるために「薄墨」を何層も重ねています。粒子の粗い岩絵具がキラキラと光を反射するのは、油絵やアクリルにはない日本画特有の美しさですね。月には伝統的な純金箔を使い、イタリアのフレスコ画と日本画の要素を融合させました。 ――よく見ると、上げている手の「肉球」が銀色に輝いていますね。 溝口 実は今まで、作品の中で肉球を描くことはあえて避けていたんです。でも今回は、手を大きく広げて歌うポーズなので、思い切って描いてみました。この肉球、実は「プラチナ」を使っているんです。グレーの猫の肉球って、ちょっと黒っぽくてツヤツヤしていますよね。その質感を出すために、墨を塗った上からプラチナ泥(でい)を塗り重ねて、ふっくらとしたツヤを表現しました。銀箔だと時間が経つと変色してしまうことがありますが、プラチナは変色しないので、永遠にこの輝きが続くのです。 ――続いて2点目の《プライド》。鋭い眼光の黒猫と、燃えるような背景の赤が強烈なインパクトを放っています。 《プライド》※作品ページはこちら 溝口 この作品は、タイトル通り「孤高に立ち、決してブレない心」を持つ猫をイメージしました。実はこの背景の赤、あの高級車「フェラーリ」の塗装に使われている顔料を使用しているんです。 ――えっ、フェラーリですか!? 日本画に車の塗料を使うというのは聞いたことがありません。 溝口 そうですよね(笑)。偶然ご縁があってこの顔料を手に入れる機会があったのですが、見た瞬間にその赤の美しさに感動してしまって。フェラーリというブランドが70年以上かけて探求し、進化させ続けてきた「赤」。その歴史へのリスペクトを込めて、日本画に取り入れたいと思いました。 ――伝統的な岩絵具と、現代の車の顔料。合わせるのは大変だったのでは? 溝口 ものすごく大変でした。この顔料、水で溶いてから時間が経つと「膨潤(ぼうじゅん)」といって、粒子が膨らんでしまう性質があるんです。溶きたてだとサラッと塗れるのに、時間が経つとパサパサになってひび割れてしまいます。そして、車の塗装は何層も重ねて初めてあの色が出るので、どの色を重ねればフェラーリの赤が一番美しく発色するか、半年ほどかけて実験を繰り返しました。 完成した絵は、見る角度によって赤の中に黄金のような輝きが見え隠れします。ぜひ実物で、その複雑な色の深みを感じていただきたいですね。 ――3点目の《おかまいなく》。タイトルと、片手を前に出したポーズがユニークで思わず笑ってしまいました。 《おかまいなく》※作品ページはこちら 溝口 このモデルは、我が家の金時くんです。彼は撫でられるのは好きなんですが、タイミングにこだわりがあって(笑)。私が撫でようと手を伸ばすと、「今は結構です」と言わんばかりに、そっと手を挙げて私の手を制止するんです。その毅然とした態度を見て、「自分の意思をしっかり持っていて素晴らしいな」と感心してしまって。たとえ愛する飼い主であっても、嫌なときは上品にお断りする。その凛とした姿を描きました。 金時くん ――背景の茶色の部分に、独特のシワのような質感がありますね。 溝口 これは「揉み紙」という技法です。和紙を手で揉んでわざとシワや凹凸を作り、裏打ちをして固定しています。こうすることで画面に立体感が生まれ、光が当たったときに複雑な陰影ができるんです。 また、日本の気候は湿度の変化が激しいので、紙を揉んで「あそび」を作っておくことで、伸縮による劣化を防ぐ効果もあります。偶然生まれたシワの模様は二度と同じものができないので、その一期一会の表情も楽しんでいただければと思います。 ――3作品とも、猫たちの「目」の力が凄まじく、見つめ返されているような感覚になります。目の表現には特別なこだわりがあるのでしょうか。 溝口 目には必ず金泥や金箔、最近ではプラチナ箔を使って輝かせるようにしています。仏像の「玉眼」のようなイメージですね。光の当たり方で見え方が変わるので、朝見るのと夜見るのとでは表情が違って見えるはずです。 また、《おかまいなく》はこっちを見ているのですが、実は私の描く猫たちは、基本的には鑑賞者と完全に目が合わないように描いています。猫にとって直視は“敵対”の合図なので、あえて視線を少しずらすことで、人間と猫が適度な距離感で共存している様子を表現しています。左右の瞳孔の位置も微妙に変えていて、これは歌舞伎の「睨み」のように、魔除けや幸福を招く意味を込めているんです。 ――繊細かつ勢いのある「髭」も印象的です。 溝口 髭は、一番集中力を高めて描く最後から2番目の工程です。下書きなしの一発勝負で、息を止めるようにして一気に線を引きます。髭動き一つで猫の感情や気配が決まるので、とても緊張しますね。金泥で描いた髭の下に、さらに細い筆で影を描き足して立体感を出しています。和紙の凹凸があるので筆が取られやすいのですが、失敗できないので真剣勝負です。 スランプ知らずの制作論と、意外な「昆虫愛」 ――これだけエネルギーに満ちた作品を描き続けていて、スランプに陥ることはないのですか? 溝口 ありがたいことに、筆が止まったことは一度もないんです。むしろ描きたいテーマや試したい技法がありすぎて、時間が足りないくらいで(笑)。普段はアトリエで無音の中で集中して描いていますが、音楽をテーマにした作品の時は、その曲を延々とリピートして、時には自分で踊ってポーズを確認しながら描くこともあります。また、常に新しい表現の「実験」をしていて、今回のフェラーリの顔料もそうですし、「いつか使えるかも」というアイデアのストックがたくさんあるんです。 ――制作の合間のリフレッシュなどは? 溝口 生き物を見るのが一番の癒やしですね。動物園に行ったり、実は昆虫も大好きで……多摩動物公園の昆虫館にある温室で蝶を眺めたり、標本の即売会に行って美しい昆虫の標本を買ったりもします。「どうしてこんな形に進化したんだろう」と造形の不思議に感動する時間は、絵のインスピレーションにも繋がっています。 ――最後に、「月刊美術プラス」の読者や、今回初めて溝口さんの作品に出会う方へメッセージをお願いします。 溝口 私の作品を購入してくださる方は、玄関に飾ってくださることが多いんです。金箔を使っているのでドアを開けた瞬間にパッと明るくなりますし、黒猫は古来より「魔除け」や「招き猫」の意味もあるので、「我が家の守り神」として迎えてくださるようです。もちろん、リビングでも廊下でも、ふと目が合った時に元気がもらえるような場所に飾っていただけたら嬉しいです。 今回のウェブサイトの特別展で、もし「この猫、気になるな」と心惹かれる作品があったら、それはきっと、皆さんの心の中にいる「猫」――自分らしくありたいという感情――が共鳴したのだと思います。ぜひ、あなただけの誇り高い猫を見つけてみてください。 ――ありがとうございました。 アトリエで制作中の様子 カッパドキア(トルコ)にて

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