「フェルメール、ゴッホ……手描きとデジタルで猫の世界を広げる」――山田貴裕インタビュー

「フェルメール、ゴッホ……手描きとデジタルで猫の世界を広げる」――山田貴裕インタビュー

猫を中心に描かれる作品で知られ、SNSでも高い人気を誇る画家・山田貴裕さん。精緻な筆致で描く猫たちは、柔らかな毛並みや瞳の光を繊細に捉え、思わず触れたくなる存在感を放っています。現在は会社員として翻訳業に携わりつつ、制作活動を続ける“二足のわらじ”スタイル。手描きの原画を基盤に、デジタル技法も取り入れることで独自の猫表現を追求しています。本記事では、幼少期から画家として歩み始めるまでの道のり、猫を描く理由、出展作《ゴッホ猫》《チャンスを掴む猫》《Emerald(エメラルド)》の裏話、そして未来の展望までを伺いました。


幼少期と“画家”への入口

――幼い頃から絵を描くのはお好きでしたか?

山田 5、6歳くらいからずっと描いています。父の仕事でアメリカ・イリノイ州のオタワという町に住んでいた時期があり、その頃から絵がとても身近でした。特別なきっかけがあったというわけではなく、周りの人に褒められたことが嬉しくて「もっと描きたい」と思ったのが出発点ですね。

――美術系の進路を選ばず、関西大学法学部に進まれたのはなぜですか?

山田 本当は英文学科に進みたかったんですが、高校の先生に「男は法学部や」と言われて(笑)。推薦制度もあったので、そのまま法学部に進みました。

――美術の道へ進む決定的な出来事は何かあったのでしょうか。

山田 大学卒業後、29歳の頃です。友人の個展に行った際、そこにいた女性が僕の絵を見て「発表したほうがいい」と背中を押してくれたんです。後々、その女性は作家であり絵画に造詣が深い方だと判明したのですが、その方の紹介で画廊のオーナーとつながり、翌年、30歳になって初個展の開催につながりました。思った以上に作品が売れ、「これでやっていけるかもしれない」と感じた瞬間でした。

二足のわらじ――翻訳家×画家という生き方

――現在は会社員として働きながら制作もされているんでしょうか。

山田 はい、貿易会社で翻訳をしています。取扱説明書や法律文書といった技術寄りの内容です。美術関係の翻訳は、知人から頼まれたときに作家の紹介文や展示資料などでお手伝いすることもあります。

――仕事と制作のバランスはどのように?

山田 ここ4~5年は制作の比重が大きいですが、仕事も働きやすい環境で、自分のペースで両立できています。画家一本でやることを周りから勧められることもありますが、僕は“二足のわらじ”が理想なんです。翻訳も好きですし、英語という武器を手放す必要もありません。できればこの形のまま定年まで続けたいと思っています。

猫を描く理由と、作品が纏う“静けさ”

――猫を描くようになったきっかけを教えてください。

山田 2004年、母が猫を拾ってきたことがきっかけです。それ以前は犬や人間ばかり描いていたので、猫の柔らかさは難しそうだと思っていました。でも、知人に依頼されて描いてみたら案外しっくり来て、そこから一気に描くようになりました。

――猫のどんな点を大切に描いていますか?

山田 特別に「こう描く」と意識しているわけではなく、見たものを忠実に描こうとすると自然と個性が出てくる気がします。毛並みや瞳の光をよく褒めていただきますが、それも観察して写すように描くことの積み重ねですね。

――作品全体のトーンから“静けさ”というか、静謐な空気を感じました。

山田 子どもの頃、ぬいぐるみが大好きで、ぬいぐるみの絵をたくさん描きました。生き物でもぬいぐるみでも、「命がそこにあるように描きたい」という意識は当時から変わっていません。静止したぬいぐるみという、“生きてはいないけど生き物のように見えるもの”をたくさん観察して、たくさん描いた習慣から、“静けさ”のような空気が自然と絵ににじんだのかもしれません。もちろん、ぬいぐるみだけでなく、生きている犬を描く練習もたくさんしました。

アナログとデジタルの融合――原画、版画、そして新しい表現

――現在の山田さんを象徴する作品と言えば《フェルメール猫》シリーズだと思うのですが、どのようにして誕生したのでしょうか。

山田 コロナ禍に「新しいことをしよう」と思い、デジタルに挑戦したのがきっかけです。自作の猫にフェルメールの絵画をフォトショップで合成し、油彩の色彩や質感をデジタルで補いました。《モナリザ》やレンブラントの作品など、他の名画でも試しましたが、しっくり来たのはフェルメールだけでした。

――《ゴッホ猫》はどのように生まれたのですか?

山田 神戸市立博物館の「大ゴッホ展」に合わせて制作したもので、モデルは神戸北野美術館の館長・竹中愛美子さんの愛猫“あみちゃん”です。白黒の原画にAIで“ゴッホ風の画風を追加して”と指示を出したところ、背景の青と黄色が生成され、全体がゴッホ調になりました。「これはこれで良い」と思い、そのまま完成形としています。《フェルメール猫》とは異なるアプローチのデジタル作品です。

《ゴッホ猫》※作品ページはこちら

――《チャンスを掴む猫》についても教えてください。

山田 実は、猫が金魚をくわえる夢を見たことがきっかけなんです。何か意味があるのかと思って調べてみると“チャンスを掴む”という意味があり、先に作ったAI作品《量産中》シリーズのコンセプトを応用して制作しました。《フェルメール猫》の世界観に縁起の良いモチーフを重ね合わせた、遊び心のある作品です。

《チャンスを掴む猫》※作品ページはこちら
猫量産中
フェルメール猫量産中

――もうひとつの出展作品《Emerald》はどのように誕生したのでしょう?

山田 親戚のスコティッシュフォールドをモデルに、神戸元町商店街の入口にあるステンドグラスの色彩を背景に取り入れた、カラフルな作品群のひとつです。普段は白黒が中心ですが、色彩表現を試す良い機会でした。ペインティングナイフや拭き取りなど、デジタルとアナログ双方の技法を組み合わせています。

《Emerald》※作品ページはこちら

――手描きとデジタルをうまく融合させているんですね。

山田 今も制作の中心は手描きの原画です。ただ、色彩表現や油絵の質感を手描きで出すのはあまり得意ではなく……。そこで、アナログにデジタルを組み合わせることで、手描きではできない表現を補っています。版画(プリント)作品についても、紙よりキャンバスへのプリントが多いですね。キャンバスにペンで描くのは難易度が高いので、プリントならではの風合いを活かしています。

これからの挑戦と読者へのメッセージ

――今後、猫以外で挑戦したいモチーフはありますか?

山田 猫しか描かないと思われがちですが、哺乳類全般いけます(笑)。干支一周を描いたこともありますし、建物も描きます。どちらかといえば、ツルっとしたものよりフサフサしたものが得意ですね。

――最後に、読者へメッセージをお願いします。

山田 「月刊美術」さんには昔から声を掛けていただいていて、大変ありがたいです。どちらかといえば美術初心者の人がわかりやすい絵を描いているという自覚もあります。私もそれほど美術に詳しいわけではないので、私自身も勉強しながら、私の作品をきっかけに多くの方に喜んでもらえるよう、これからも描き続けていきたいです。

――ありがとうございました。

 

制作中の様子
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