「形のリズム」を描く――中條亜耶インタビュー
動物のかたちを、最小限の線と色でとらえながら、どこか温度を感じさせる――。日本画家・中條亜耶さんは、岩絵具という古典的な素材を用いながら、フラットで現代的な動物表現を追求してきました。幼少期に出会った日本画のきらめき、高校時代に培ったデザイン的思考、そして「形のリズム」への強い関心。《Watchman》を軸に、制作の原点から現在のコンセプト、動物を描き続ける理由、今後の展望までを、じっくりと語っていただきました。 動物との出会い、日本画との出会い ――幼少期、絵を描くことやモノを作ることは、中條さんにとってどのような時間でしたか。 中條 家に残っている写真を見ると、幼稚園に入る前くらいから、ずっとクレヨンで絵を描いているんですよね。自分では覚えていないんですが、親に聞くと「いつも描いていた」と言われます。小さい頃から、自然と絵を描くことが生活の一部だったんだと思います。 ――動物への関心は、その頃からあったのでしょうか。 中條 そうですね。私は横浜市で育ったのですが、横浜って動物園が多くて、野毛山動物園やズーラシアに家族でよく出かけていました。動物の名前を覚えるのが得意だったらしくて、そういう話もあとから聞きました。絵本も、人が出てくるものより、動物が出てくるものばかり選んでいたみたいです。 ――日本画との出会いは、いつ頃だったのでしょうか。 中條 小学校4、5年生の頃、横浜美術館で開催されていた東山魁夷の展覧会に連れて行ってもらったのが、強く印象に残っています。作品そのものもですが、特に岩絵具のキラキラした質感に衝撃を受けました。「こんな絵の具があるんだ」と、子どもながらに不思議で。日本画を意識した最初の体験だったと思います。 独自の作風が生まれるまで ――東京藝術大学で日本画を専攻された理由にも、その体験は影響していますか。 中條 かなり影響していますね。進路を考えるときに、日本画専攻があると聞いて「あっ、あのキラキラした絵の具のやつだ」と思い出しました。もしあの体験がなかったら、工芸に進んでいたかもしれません。 ――現在のフラットで大胆な作風は、どのような試行錯誤から生まれたのでしょうか。 中條 高校はデザイン系の学校に通っていて、グラフィックデザイナーを目指していた時期もありました。抽象化したり、形を整理して考えたりすることが、昔から好きだったんです。実は中学・高校生の頃から、目を点で描くような今に近い表現はしていました。 2011年、高校3年生のときの年賀状に描いた干支のウサギの絵が、自分の中では今の原点に近いですね。大学ではリアルな描写も学びましたが、並行して抽象的な表現も続けていました。 自身の作風の原点に近いという年賀状のウサギ ――2019年、卒業と同時に美術賞を受賞され、作家活動が本格化します。意識の変化はありましたか。 中條 ありました。評価をいただいて嬉しかった一方で、「作家として続けていくなら、自分の軸が必要だ」と強く感じました。自分が一番楽しく、無理なく描き続けられる表現を前面に出そうと思ったんです。それまで密かに描いていた作風を、はっきりと表に出すようになりました。 学生時代にひそかに描いていたという作品《迷いの森》 骨格やシルエットから「リズム」が見える ――描きたい動物に出会うのは、どんな瞬間ですか。 中條 「形が面白い」「こんな動物がいるんだ」という発見の瞬間ですね。たとえば、ニュースで「ビントロング」という動物を知ったとき、強く惹かれました。好奇心が刺激されると、描きたい気持ちが自然と湧いてきます。 ――「動物ごとに異なるリズムが見つかる」といただいたステートメントにありましたが、そのリズムについてもう少し具体的に教えてください。 中條 一番は骨格やシルエットです。点と点を直線でつないだとき、どういう形になるかを探っていく作業が楽しいんです。そこに、その動物ならではのリズムが見えてくると、「これだ」と感じます。 ――目を点で描く表現には、どのような意図があるのでしょうか。 中條 先ほどの年賀状の話もそうですが、最初は意図的というより、自然とそう描いていました。でも結果的に、見る人が自由に感情を投影できる余白が生まれていると思います。感情を限定しすぎず、想像の余地を残したいんです。 ――岩絵具ならではの表現については、どう考えていますか。 中條 岩絵具は一色の中にも揺らぎや奥行きがあり、動物の形や生命感を引き立てるために一役買っている感覚があります。岩絵具の質感が、結果的に存在感につながっていれば嬉しいですね。 《Watchman》誕生秘話 ――「月刊美術プラス」に出品いただいている《Watchman》では、マーモットを題材に選んでいます。 《Watchman》※作品ページはこちら 中條 YouTubeでマーモットの動画がたくさん流れてきた時期があって、その姿があまりにも面白くて。人間っぽさと動物らしさが同時にあって、シルエットも魅力的でした。 ――タイトル「Watchman(見張り番)」に込めた意味を教えてください。 中條 マーモットの見張り行動から着想しました。「Watchman」は本来人間に使う言葉ですが、それを動物に当てはめることで、少しユニークな響きになると思ったんです。 ――「のんびりとした佇まいの中の緊張感」は、どのように表現されたのでしょうか。 中條 直線的な形を意識して、シャープさを残しました。背景の空は一色にして、余計な情報を入れないことで、空気がピリッとする感じを出しています。 動物を描く理由、そして未来へ ――動物を描き続ける理由は何でしょうか。 中條 人間よりも想像の余地が大きいからだと思います。動物には、見る側が感情を重ねやすいんですよね。脊椎動物は構造が人間と似ていながら、まったく違う形をしている。その動物たちの形の多様さに、いつも驚かされます。 ――今後の活動について教えてください。 中條 2026年10月に個展を予定しています。あまり知られていない、マイナーな動物をテーマにした展示にしたいですね。「それ何?」と言われるような動物たちを描きたいと思っています。 ――最後に、「月刊美術プラス」の読者へメッセージをお願いします。 中條 私の作品を通して、見た人が少しでも温かい気持ちや、明るい気分になってもらえたら嬉しいです。日常の中に、ささやかなリズムを運べたらと思っています。 アトリエの様子 執筆:月刊美術プラス編集部
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